月に一度自家製古書目録を発行しているから、新しく仕入れた本のデータを二人でパソコンに入力しなければならない。
 打つ本がいっぱいあるときはいいが、ないときはなんとしても集めてこなくてはならない。仕入れの電話はしょっちゅうかかってくるが、そのうちの九割方は外れだ。行ってみると、殆どがマンガや雑誌の引き取れないものばかり。あまり外れが多いと、月一の目録発行が遅れるので、焦ってセドリに走り回ることもある。
 だけど、大概は玄関が未整理の本で堆く積まれ、それを片付けないと入れないし出られない状態が続く。
 息子は、いままではなるようになるさとレット・イット・ビーでやってきた。それではいけないのは、前半遊びすぎて、後半に泣きながらデータ入力をしなければ間に合わなくなるからだ。
 どちらかというと、入力の指が遅いわたしは、亀で、途中、遊んでばかりの息子はウサギだ。どうも気分でやっているのはいけないと、計画性を持たせることにした。親子でなあなあもあるし、甘えもある。これは仕事なのだというケジメも必要だ。それで、息子は心機一転して、カレンダーに毎日のデータ入力の予定数と、実績を書き込むようにした。
「おお、いいぞ、ようやく我が社もその辺の工場並みになってきたな。計画と実績を毎日記入していって、進捗率を出すのだ」
 いかな古本屋と雖も、これは入力という作業であり、それは計画的に進められなければならない。予定が狂うと、発行日がずれる。するとどうなるか。古書目録が送れて出ると、それだけ入金も遅れる。となれば、息子の報酬も遅れる。我が社はいつもぎりぎりのところでやっている。
 のんびりとマイペースで遊んで仕事をしていた息子がようやくわが身に降りかかる災難が、仕事率にあると気が付いた。
「お父さん、ボーナスは?」
 と、息子はバカなことを言う。
「なんだと? おまえが社長ではないか。おれはおまえの部下なのだ。おれにくれるのなら判るが、どこの世界に社長がボーナスを要求する会社があるか」
 まだ二十四歳の若き社長は自分がトップであるという自覚がなく、親に小遣いをねだる感覚でしかない。まあ、親子でやっているから仕方がない。
 役員だから、給料ではなく報酬なのだ。仕事をしないやつに報酬などあるわけがない。それで、最近は、怠けていると、
「そら、報酬の支給が遅れるぞ」と、脅かすことで仕事をさせている。ここもすっかりと親子だ。
 金が絡むから息子は仕方なく奮起する。それで、計画的に仕事を進めてゆくことにした。古本屋の事務室も工場になった。作業は能力でノルマが課せられる。
「お父さんはどうしても年だから、打ち込みが遅い。時間を測ってみると、一冊データ一行打つのに二分はかかる。三時間びっしりと打ち込みしても、データにできる本は百冊が限度だ。それに比べて、おまえは、音楽を聴きながら、携帯メールに返信しながら、チャツトをやりながらでも二百冊は打てる。二人で一日三百冊の打ち込みはできるのだ。十日びっしりとやれば三千冊の目録に出すデータぐらいはお茶の子さいさい」
 と、計算ではそうなるのだが、そうならないところが摩訶不思議。
「悪いな、呑みの誘いが突然入った」
 と、お父さんはあの会、この会と、そそくさと夕方に出かけてしまう。
「あ、彼女と約束あるんだ」と、息子はデートで、五時には帰る。
 われわれが邪魔者と呼んでいるものがないときは一日足りともない。仕入れの電話は来る、印刷の注文は来る、自費出版の相談に来る、油を売りに来る、美しいご婦人が来る。それで、手は止まる。
 常連客が来て、お茶を出しても、いつも打ち込みの手は動いている。みんな判っていて、別に無礼だとは思わない。話をしながらパソコンに向っているいるのが常だった。
 古書のデータはパタパタとスムーズに打てないところが大変だ。人名が出てこない。旧漢字が出てこないから、検索する。手書きで書く。コンピュータはわたしがマウスで書いた文字を判読できない。つい、怒鳴ってしまう。
「頭の悪い機械だな。こんな漢字ぐらい判読しろよ、このバカ」
 すると息子は笑って言う。
「いつもパソコンに向って、バカバカばかり言うから、ぐれるんだ」
 よその古書店のように本の詳細を長々と親切には書けない。データが不親切で荒くなる。それはよくない。きちんと書いてくれたほうが売れるのに、時間に追われて省略だ。できるだけ目次を見て、内容まで突っ込みたいところだ。タイトルだけではどんな本なのか判らない。
「進捗率はどうなっているかね」
 と、わたしは計画と実績の差異を訊く。
「大変だ。目録を二十日に出すとしたら、印刷や丁合に二日かかるから、後三日で千五百は打たなければ間に合わない」
「なんだと、一日二人で五百か。おれが百でおまえが四百だ」
「違うよ。お父さんが三百でぼくが二百だ」
 そんな親子喧嘩をしているゆとりはない。とにかく泣きながら打つしかない。どうしてこんなことになったのか。怠けていたわけでもない。いろいろと遅れた理由を考えていた。そういえば、今月は随分呑んだし、花巻にも行ったし。息子も彼女と食事をしたり映画を観たことを反省していた。
 毎日頻繁に来るのが電話とファックスだ。それにかなりの時間が割かれる。いますぐ探して送って欲しいという電話が多い。メールならいつもの作業でできるが、電話は一方的で受身なのだ。こっちの都合ではなく相手の都合に振り回される。
 前に一人でやっていたときは、あまりに対応が遅いのと、不手際なのにお客が怒って電話してきた。
ー林語堂さんともあろう店が、それはあんまりではないですか。大会社の暖簾が泣きますよ。
 と、まるで、ずらりとパソコンが並び、社員が何十人もいる古書店と思っているらしい。
ーわたし一人でやっているもんですから。できるだけ頑張って早く送りたいんですが。いつもすみません。ご迷惑ばかりかけて。
 向こうは驚く。目録もネットもあれこれと一人で管理しているとは思っていなかったようだ。大会社と思われて嬉しいが、中身はお粗末。田舎の只の古本屋だ。
 それが二人になったとはいえ親子のマニファクチュアみたいなものだ。
 もう一人社員を入れたら随分と楽になるとは思うが、それほど売れていない。息子を辞めさせて、若く可愛い女の子を二人雇おうかと考えたこともあるが、息子はわたしを追い出したがっているようだ。能力のないやつが先に去るのだ。
 それでも、和本が入って、打ち込みをしているが、息子は題字が読めない。変体仮名だから、首をひねっている。旧漢字も読めないで助け舟。やはり、わたしはまだいたほうがよさそうだ。
 土日は二人して休み返上で頑張ることにした。そうでなければ間に合わない。本に追われ、本に脅迫されながらの仕事。こんなはずではなかった。