第一次石油ショックと呼ばれた昭和四十八年はまだ学生で東京で暮らしていた。中東戦争が引き金になって、原油価格が高騰、その煽りと便乗値上げもあって、インフレが急速に強まった。二割以上というが、ものによっては倍まで上がった。ことに、市場からトイレットペーパーが消えるという買占めまで、各家庭で行っていた。
 わたしは、当時は一万六千円の仕送りで自炊していた学生であった。家賃はかからなかったが、光熱費と食費、交通費、被服費、タバコや酒代、デイト代まで、その僅かな仕送りの中から工面しなければならない。
 一個いくらか忘れたが、トイレットペーパーが三倍かそこらに値上がりして、スーパーからも姿を消したので、わたしと一緒に暮らしていた姉と手分けして、池袋の西武や東武デパートのトイレに入り、そこから汚い話が使っているトイレットペーパーを拝借してくるということをよくした。
 ところが、みんな考えることは同じで、トイレに入っても紙がない。みんな見ると、どこのトイレも抜かれている。いまのように、街頭でテッシュを配ったりはしていなかったから、どうしようかと考えた。
 その頃に頭の体操というカッパブックスがベストセラーで、クイズがよく流行った。その中に、トイレに入って、大をした後に紙がないことに気づいた。ボケットにはキャラメルが一個だけある。さて、どうして用をたしたでしょうか、というものがあった。ちょうど、トイレットペーパーがなくなるときであったので、その問題はふざけたものというより真剣に考えさせられるものがあった。
 回答はこうだ。キャラメルの包み紙を鶴を折るようにして折って、先っちょを千切る。千切った先の尖った紙は捨てないでとっておく。紙を広げると真ん中に穴が空いている。それに左手の人差し指をさして、指先で肛門の周りを綺麗に拭く。そして、拭いた指先を包み紙で拭い取る。爪に挟まったものは、先ほど取っていた尖った紙でほじくり出すというものであった。実にうまく考えたものだと、若いときは感心したものだ。

 なんでも当時は値上がりした。それがあまりの急速なため、ただただ呆然としていた。本も新刊の単行本などは、それまで五百円以内で買えたものが、一気に倍の九八〇円まで跳ね上がった。かといって、バイト代の時給は倍にはならない。インフレというものがどんなものか初めての経験であった。たった二割少し全体が上がっただけでそう思うのだ。第一次世界大戦後のドイツや、戦後まもなくの日本のようではないにしても、食パンも倍近く上がったときには、生活は脅かされた。
 食費は姉弟で一日二百円でやりくりしていたから、一斤が九十円になった食パンはとても買えなかった。それこそ、安いキャベツばかり買ってきて、刻んではソースをかけてばりばりと食べていた。
 だけど、多分、あのときの石油ショックで、テレビが深夜放送をやめたとか、経費節減の自粛などはあったが、人々の生活はさほど貧窮しなかった。というのも、インフレ率と同じぐらいの賃上げもあったし、世の中、まだモノが売れていた。
 第二次石油ショックのときは、わたしは社会人であったが、マイカーはもっていた。確か記憶では、リッター四十円台のガソリン価格が百円を越えた。倍以上になっていた。
 そのときも、所得が高かったから、さほど気にもしなかった。
 二十四歳だったが、昭和五十一年当時で二十万くらいの給料をもらっていた。いまはどうか。あれから三十年以上経って、大卒の初任給はさほど変わらない。同世代の若者たちはもっと低い賃金で我慢しているのではないか。三十年経っても所得はそう上がらないのに、これから第三次の石油ショックが来たらどうするか。
 過去の弾力性はまるでないに違いない。いまでも、倒産、リストラ、自殺、ニートだと、貧富の差が出てきて、あの頃はそういなかったホームレスも街に異常に増えた。景気は回復と大本営発表はしているが、〇コンマ台の微増でも景気は上向きと言う。五年間でどれほどの上昇をみたのか。
 これから、じわじわとでなく、一気にインフレになると、悲鳴を上げる人々が増えるだろう。いま、ガソリンが倍以上でリッター三百円になったら、通勤に使う人はいなくなる。公共の乗り物のほうが安くなるからだ。その電車、バス賃も上がる。運送費も上がり、すべての価格にかなりの影響が出る。自転車が復活してきて、街は自転車通勤が増えるに違いない。
 毎度、石油価格で世界経済が揺れ動くが、金をうなるほど持っている資本家たちが、それでもまだ足りないと投機に走っている。人間の欲には際限がない。一部の我利我利亡者たちのためにどれほどの貧困層が苦しんでいることか。
 国連で、各国の公定価格を決めて、石油だけは投機の対象にしないように全世界でルールを決めて、一定価格にしたらどうなのだろう。かつての日本の専売公社のように、自由裁量で上げ下げできないようにしてしまうというのは。
 この地球は人間の欲の皮でできている。
 
 しかし、インフレは悪くはない。そうした金満をひけらかす人々の財産は目減りするが、われわれのような貧乏人の借金も目減りするのだ。物価が上がることは苦しいが、いままでのような湯水のように使い捨ててきた文化が、この辺で少し改めるようになればいい。モノを大事にして、食べ物も残さない。無駄のない生活をするなら、物価の思い切った高騰もいい薬になる。
 新刊本がどっと上がれば、古本が売れる。古本屋がいよいよ見直されてくるのだ。みんなはレジャーを控えるようになるだろう。外に出たら金を使う。ドライブにも行かない。買い物も控える。テレビも電気の節約のために切っておこう。ゲームも新しいものは買えないから、子供たちはやめて、気が付いたら、一番安い余暇の使い方は、読書なのだと、家族全員が居間にいて静かに本を読んでいる。昔の家はそんなだった。また、昔の家族が戻ってきたようだ。
 いままでは郊外の店もモータリゼーションで繁盛していたが、ガソリンが高騰してからは、車もめっきりと少なくなるだろう。映画館も閑、パチンコ屋も閑、外食産業、呑み屋、風俗店これすべて閑古鳥。なくてもいい店はどんどんと潰れてゆく。
 石油は買い控えと消費が抑えられ、需要が極端に落ちる。すると、石油価格は暴落する。儲けようと投機していた資本家たちは、悉くしっぺ返しを受けることになる。
 彼らは、世の中がすべて繋がって、循環していることを忘れている。自分たちだけが利益を得ればいいという構図はありえない。
 かつてかずのこの買占めで倒産した大手商社がいた。不買運動が功をなした。われわれの無言の抵抗とは、買わないことだ。
 もし、今後、石油がさらに上がることがあったら、メーカーはソーラーシステムをさらに普及させて、石油依存度を下げさせる、いまがチャンスなのだ。石油の使わない国になったら、どんなに空は綺麗になるだろうか。東京から天の川が見えるかもしれない。戦争も起こらないし、砂漠の国はまた元の遊牧民の生活に戻る。
 と、古本屋のおやじは歴史の本をひもといて怒るのだ。
ー誰だ、最初に石油を発見したやつは!