年が明けて十日が過ぎたある日のこと……。何だか腹が痛い。雑煮を食べ過ぎたのだろうか。そう思って一夜を過ごしたが、トイレへ行っても、朝になっても治らない。それどころか痛みが増していく。病院はすぐ近くにある。今日は仕事を休んで先生に診てもらおう。

 

 布団から起き上がり、一歩踏み出すと、全身が鈍痛に支配されている。なんだこれ? 風邪や筋肉痛ではないことは素人の俺にもすぐに分かった。困惑していると、居間から娘の声が聞こえた。

「お父さん、ご飯できているよ。遅刻しちゃうよ」

言われなくても分かっている。だけど、体の中で誰かが大太鼓を叩いているようで、振動が節々でこだましている。

 

「何だか体がおかしいんだよな。ちょっと病院へ行ってくるわ。うぅっ……」

そう言葉を発すると、何かが勢いよく飛び散り、流れ出ていくような感覚を覚えた。その場でうずくまっていると、異変が伝わったのか妻が駆け寄ってきた。

「だっ、大丈夫? 救急車を呼ぶね」

強張っていく子どもたちの表情が見えた。怖いよね、心配だよね、大丈夫って言ってあげられなくてごめんね……。

 

 

 病院へ着くと、慌ただしく検査が始まった。そのうちに、俺は意識を失った。何時間、眠っていたのだろう。気が付くと、薄暗い部屋の中にいて、誰かが腕をさすっている。壁の横にある棒から何かがぶら下がっているのが見えた。点滴……?

「あっ、清掃氏さん、大丈夫ですか? 看護師の中村です」

「どっ、どうも……。こっ、ここは病院ですよね? 俺は入院しているみたいですね……」

「はい、こちらは会長会病院です。清掃氏さんは昨日の朝に救急車で来院されて、それからしばらくして、ずっと眠っていらっしゃいました」

「えっ?! 今は何日の何時ですか?」

「1月13日の夜20時です」

丸一日以上眠り続けていたようだ。窓の外へ視線を向けると、風に煽られた雪が不規則に舞っている。

「MRI検査をしたことは覚えているのですが……。手術をしたのですか?」

「手術は……。明日、先生からご説明があります」

看護師は言葉を濁していた。手術はしなかったのか、それとも出来なかったのか……。あまり良い状態ではないのだろう。それだけは分かった。

 

 翌朝、俺は車椅子に乗せられて診察室へ通された。妻がハンカチで目頭を拭っている。どうして泣いているの? 俺はまだ何も聞いていないぞ。先に泣くなよ……。

「清掃氏さん、おはようございます。医師の加倉井です」

いや、医師なのは分かる。それよりも、どうして妻は泣いているの?

「体調はいかがですか? 単刀直入にお話しをしても大丈夫でしょうか?」

「はっ、はい……」

「肝臓に握りこぶしほどの大きさの癌があり、腹水が圧迫されています。転移もあり、手術では完全に取り切れないステージ4です」

ショックだったが、二度目の癌宣告ということもあり、俺はどこか冷めていた。婆さんなら、こんな時はなんと言うのだろう。きっとこう言うに違いない。

「あん? ステーキがどうしたって?」

 

 

 それから長い説明が続いた。CT画像を見せられたり、よく分からないグラフを見せられたり、何だか回りくどい言い方をしていたが、要は治せないということだろう。そうだとすれば、聞きたいことは一つしかない。

「あっ、あのっ、余命とかって分かるんですか?」

「薬の効果も癌の進行も千差万別なので、一概には言えません。ですが……」

「ですが……、何ですか? 先生、はっきりと言ってくださって大丈夫です」

「半年から一年……。ですが、希望は捨てないでください。神頼みになるかもしれませんが、最後まで抗い続ける人間でいてください」

いや、半年ってあなた……。絶望しかないでしょ? そう声に出して言いたかった。だけど、泣いたって叫んだって何も変わらない。ならば、精一杯の抵抗をしてみたい。往生際の悪い人間になろうと思った。人間には二つの強さがある。一つは受け容れる強さ、そしてもう一つは抗う強さ。俺はそれを婆さんから学んだ。

「半年から一年……、そうですか……。これからどんな治療をするのですか? ずっと入院生活ですか?」

「抗がん剤や放射線治療で癌が消失することもあります。消失しなくても縮小すれば、切除できる可能性もあります。基本的にはご自宅で生活をされて、必要に応じて入院をしていただき、治療を進めるかたちになります」

「分かりました。抗って……、みますね。ほらっ、妹子(妻の名)、俺はまだ生きているよ。一緒に悪あがきをしてみよう」

「うん……」

 

 

文:清掃氏 絵:清掃氏・似顔絵師きえ

 

 

 

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