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仏教でいうところの出家にあたるのだろうか。修道士とは、修道誓願を立てて禁欲的な信仰生活をするひとのことをいう。修道院は、キリスト教において、その修道士がイエス・キリストの精神に倣って祈りと労働のうちに共同生活をするための施設のことをいう。


フランスの西海岸、サン・マロ湾上に浮かぶ小島、モンサンミッシェル(Mont-Saint-Michel)。世界中の人々を惹きつけてやまない観光地である。モンサンミッシェルとは、島の名前であり、島にある修道院の名前でもある。


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モンサンミッシェルとは、「聖ミカエルの山」という意味で、旧約聖書に登場する大天使ミカエルのフランス語読みに由来する。モンサンミッシェルは、カトリックの巡礼地のひとつで、昔から多くの巡礼者が訪れた場所でもある。ところがモンサンミッシェルは潮の干満の激しい場所なので、多くの巡礼者が命を落としたといわれている。”モンサンミッシェルに行くなら、遺書を置いていけ”といわれたほど、巡礼者にとっては危険な場所であった。


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この島は、もともと先住民のケルト人が信仰する聖地であった。司教が夢の中で大天使ミカエルから「聖堂を建てよ。」とお告げを聞いて、礼拝堂が建てられたのが始まりで、その後、修道院が島に建てられ、増改築を重ねた結果、13世紀には現在のような形になったという。しかし、現在に至るまでの間には、歴史に翻弄され時期があった。100年戦争の期間は要塞となり、フランス革命のときは監獄として使用され、そして、ふたたび修道院に戻ったのだ。


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モンサンミッシェルは、古くその威厳ある佇まいと周りに荘厳な風景と相まって、まるで幾多の難をくぐり抜けてきた経験豊富な長老のような存在に感じられる。ゆったりとした雰囲気をかもしだし、そこにいるだけで周りにいる人々に安心感をあたえてくれるような存在感があるのだ。修道院で禁欲的な信仰生活をするひと、訪れる巡礼者、観光客とさまざまな価値観をもった人々が、モンサンミッシェルで混じり合う。そんな人々を大きな懐で暖かく包み込む。過去からつづく時の流れの中で、モンサンミッシェルは、多くの人々の人生の一時が交差する人生の交差点なのだろう。


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かつて妻が働いていたフランス菓子のオーナーシェフ(パティシエ)の命日が近づいてきた。まだ40歳を過ぎたばかりの若さだった。プロレスラーのような体に、いつも不機嫌そうな顔からは想像できないまるで芸術品のように美しく、とても繊細な彼のつくるフランス菓子が私は大好きだった。


彼は長くフランスのリヨンで修行をしてその後、東京にお店を開いた。彼はパティシエであったが、フランス修行時代に毎日まかないをつくっていたせいか料理も好きだったようで、フランス菓子とお茶が飲める2階のサロンのランチでときどき腕をふるうことがあった。


ランチで使われていたランチョンマットに印刷されていたのが、”シェフとは”という14項目だった。(下記)これは彼が働いていたリヨンのお店で見つけたもので、いつか自分がシェフになったら、お店に飾ろうと思っていたものだとのちに妻から聞いた。(現在、お店で使われていたランチョンマットは特別にいただいて自宅に額に入れて飾ってある。)



シェフとは…


1、シェフとは神である。
2、シェフとは、いかなるときも絶対である。
3、たとえ見習いが正しくとも、条文1を思い出せ。
4、シェフとは、ただつまみ食いをしているのではなく、味見をしているのである。
5、シェフとは、ただ飲むのではなく、味わっているのである。
6、シェフとは、ただ眠っているのではなく、休んでいるのである。
7、シェフとは、決して手抜きをしているのではなく、ただ自制しているのである。
8、シェフとは、決して自分の仕事を離れているのではなくただ呼ばれるから離れるのである。
9、シェフとは、決して秘書と話し込んでいるのではなく、ただ訓育しているのである。
10、シェフとは、決して仕事中新聞を読んでいるのではなくただ勉強しているのである。
11、雇われ人の意識でやってくるが、キッチンに入るやいなやシェフとなる。
12、シェフとは、パンツ一枚でも、シェフである。
13、シェフの陰口を聞いた時は、ボーナスは減るものと思え。
14、シェフとは、常に、皆の事を考えなくてはならない立場にある。


いまこれを読み返してみると一見自分勝手なものに思えるが最終後の14項目を自らに戒めているように感じた。亡くなった彼の性格を思い出してみると1から13はまるでカモフラージュのようにも思える。その証拠に彼の下で働いていたパティシエは亡くなった彼の遺志を継ぐと宣言し独立して有名になっている人もいる。彼が亡くなって閉店することを常連客に知らせると多くの人がお店に顔を出し、彼の死を惜しんでいた。亡くなってもなお自分の遺志を継いでくれる後輩がいて、作ったフランス菓子を食べにやってきてくれる人がいる、そんな彼の人生は素敵だなと思う。最近よくオーロラを特集した番組をよく目にする。オーロラは先住民の文化では、亡くなったひとの大切な魂が宿ると考えるそうだ。

先住民:オーロラが言うんだ。「私は天国で元気だから心配するな」「お前も元気でいろよ。またすぐに会えるさ。」ってね。それで私たちは悲しみが和らぐんだ。オーロラは特別な存在だ。

オーロラの番組を目にするのは彼からのメッセージなのかも知られない。元気にやっているよって。




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エッフェル塔から夕焼けに染まる。パリの街を眺める。夕焼けをゆっくりと眺めたのはいつのころだろう。


世界ふれあい街歩きというまるで自分が歩いているような視点からとらえてた映像で世界の街を紹介するNHKの旅番組をみていたときだった。イタリアの青年たちが夕日が沈む海岸のカフェで談笑していたその中のひとりがこんなことをいった。


「毎日夕日は違う顔を僕らにみせてくれる一日だって同じ日はないのさそんな夕日を眺めながら気心の知れた仲間と過ごす時間は最高さ」


なんて素敵なのだろうと思った。まるで映画の台詞のようだと思ったきっとそのことばの裏にはイタリアの文化が脈々と流れているように思う。一朝一夕にはあの台詞は出てこないだろうし彼等のような時間の過ごし方はできない。パリの夕日を眺めながら彼等の笑顔が目に浮かび羨ましいなと思った。



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