先週からつくっています。先週は大まかにレイアウトを決め、きょうは文字の大きさや間隔や色など細かい調整をしました。

試し刷りではがき10枚使い、完成!と思ってもう十枚刷ったところで「平成二十二年 元旦」が抜けていることに気づいたガーン

直しました。

20枚のはがきを無駄にしました。全面印刷したため、普通のはがきとしてもう全然使えません。

こうなったら、当たってほしい、お年玉。

試し刷りは、はがきじゃなく、普通の紙にすればよかったんですよね。

 

今回の年賀状のポイントは、写真の中に入れた白抜き墨くくり文字です。

墨縁つけることで、文字が少し読みやすくなります。

チラシとか大体そうなっています。

大したことじゃないんですが、私自身は製版やるまで知らなかったので、ポイントに挙げてみました。

 

製版とは、印刷工程の一部です。テープライターになる前やっていました。

私は、電線を消したり、テレビの中に南の島の写真を合成したり、文字に影をつけたり、マンションの間取りに和室は緑、水回りは水色とか色をつけたり、そんなことを担当していました。

おもしろかった。遊びみたいな仕事内容でした。

ただ、残業がきつくて、深夜1時、2時、時には朝までなんていうこともありました。残業あるかないかは、当日になってみないとわからない。今にして思えば、ああいうのをブラック企業というのでしょう。

でも、昔はそんな言葉なかったし、初めての仕事だったから、社会というのは厳しいものなんだなあとか、お金を稼ぐのは大変だなあとか、何となく普通なんだと思っていました。例えば雑誌なら、毎月何日発行と決まっているから、その前日に徹夜になるのは仕方ないかなと……何の話をしているんだ、私あせる

 

私が言いたかったことは!!

 

製版やっていなかったら、年賀状を自分でつくるなんてできなかったと思う、パソコンもできなかったかも、ということです。

 

正直言って、社会人になるとき、製版をやりたいとか、やりたくないとかいう以前に、製版なんていう職業があること自体知らなかった。就職浪人したくなかっただけだった。

でも、それまで知らなかった印刷業を知った。

パソコンができるようになった。

いろんなタイプの人と接することができた。元ホストだった人や画家になった人、耳の聞こえない人、元ボクサー、過激派なんていう人もいた。

気性の激しい人多くて、正直疲れた。残業だけじゃない、やめた理由。

でも、ここでの経験があったから、今の自分がある。今つらいことがあっても、踏ん張れる。

 

あっ、耳の聞こえない人は気性激しくなかったです。社交的な人で、だれにでも気さくに話しかける

……というか、ゼスチャーとか口ぱくで。これが意外とわかるんです。こっちもゼスチャーや口ぱくでこたえるんですけど、ゼスチャーなので内容の濃い話はできないのですが、荒っぽい雰囲気だっただけにいやされた。

それに、私内向的だったんですが、今も決して社交的じゃないですけど、ゼスチャーでしゃべっていると内向的でいられなくなることがわかった。相手をしっかり見なきゃ何言っているか絶対わかんないし、こっちも大きく口あけたり、身ぶり手ぶりしないと絶対伝わらない。コミュニケーションというのはこういうことなんだなと初めて強く認識しました。それまでコミュニケーションについてなんて考えたこともなかった……また話ずれたあせる

 

パソコンは、確かにすごく大きかったと思う。パソコンに出会えなかったら今無職かも。生きていく上ですごくプラスになった。

でも、それだけじゃなく、いろんな体験を通してバイタリティーがついたと思う、少しタフになったというか。それもプラスになっていると思う。

 

こんなことで夜更かししてばかみたい、明日仕事なのにあせる

要するに経験って大事だなあ、人生に無駄な経験はないなあという話でした。

でも、この夜更かしは絶対無駄だ~ガーンあせる