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│創価学会・教義を改変2 │
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新・人間主義第26巻P215 池田大作
『久遠元初の自受用報身如来、
すなわち末法の御本仏』
令和五年 学会要綱
『上行菩薩として役割を果たす立場である』
竜口の法難後の大聖人について「大聖人は新たにどのような立場に立たれたのであろうか。それは、釈尊から滅後悪世の弘通を託された地涌の菩薩、なかんずくその筆頭である上行菩薩としての役割を果たす立場である」学会要綱P43
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戸田二代会長(戸田城聖全集七 P561)
竜口の法難以降「久遠元初自受用身如来の御境地」
「これ以降はすべてのお振る舞いが仏なのです。その前は上行菩薩の再誕です。今後は久遠元初自受用身如来の御境地をあらわされるのです。」
池田大作(百六箇抄講義)
竜口の法難以降「内証の境地たる久遠元初の自受用報身」
「日蓮大聖人は竜の口法難において外用上行の迹を払って、内証の境地たる久遠元初の自受用報身として、本を顕されました。」
日蓮大聖人
「至理に名無し、聖人理を観じて万物に名を付くる時、因果俱時・不思議の一法之有り。之を名づけて妙法蓮華と為す」当体義抄
解説 「至理に名無し」とは釈尊が久遠五百塵点劫成道される前の時に聖人(仏)が現れている事を示す。
「釈尊如来五百塵点劫の当初(そのかみ)、凡夫にて御坐(おわ)せし時、我が身は地水火風空なりと知ろしめして即座に悟りを開きたまひき」総勘文抄
解説 「当初」は漢文では「そのまえ」であり、釈尊が久遠五百塵点劫成道される前の時に仏が現れている事を示す。
日蓮大聖人は「自受用身は本、上行日蓮は迹なり」(百六箇抄)と久遠元初自受用報身が本地と宣言されている。