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もう、こわくない。

さて、明日のマリノス戦。
もう、負けても怖くないと、思いましたよ。
負けることを考えたらあかん、と、言いましたが、負けることもあるんだろうし、そういう日も来るんだろうけど、負け続けることはないんだからそんなに怖がることもないやんね、というところ。
なにより、この何年かなかなか手に入れられなかった自分たちの勝ちパターンが見えてきて今のところそこへ持っていくことが出来ているんですよね。

パターンとはいえ、大枠で見るとパターン化されていないのが今年のサンフレッチェ。
これまでひとつの方程式しか解いてこなかったのですが、式が沢山あって、それが細分化されてそこで解かれた答えを繋ぎ合わせて作られるサッカーであるというところだと思うのです。

なんとなく出来ちゃった、と思っていたのは、細かな部分を積みかねて作られたグラデーションで、その配分には、狙いがあるということ。
それがわかって、その場所へ行くことができれば、うまくいくとおもうのです。
明日もおなじように、狙いの場所へ、どれだけ早くたどり着けるかそれをだれがどのように見ているか、お互いを注目しあって、網を張るようにサッカーするんだよ、と、思ったのです。

網を張るように、というところ、きっとここに今年のサンフレッチェのポイントがあるのかもしれません。
この間のルヴァンでうまくいかなかったのは、網がうまくはれなくて守備も攻撃もこぼれてしまったのでは、と、思いました。

明日は、それをもう一度思い出して、しっかりと走り回ってくださいね。
水曜日の夜、雨が心配ですが、頑張りましょうね!

心理戦。

GKがあの中村くんでなかったことも勝因かもしれないし大谷くんがサブだったというのも理由のひとつかもしれない。
ターゲットとする選手の連携を削ぐことができたのも。
勝つことの理由をひとつに絞ることができないことがよくわかったし、その勝つことの要素のひとつひとつを全員が遂行していった試合だったということに尽きるともいました。

ここまで無傷のサンフレッチェ、しかし正直言うとこのサッカーが面白いかどうかといわれれば個人的見解としては面白くないのです。
昨年森保さんが「得点されなければ勝ち点1はとれる。それを積み重ねれば残留できる」と言われたのですが、それを消極的に表現したのが昨年の
サンフレッチェであるとするならば、今年は積極的に負けないことを目指しているサッカーのように思います。

相手からすると本当にたちが悪い。
中盤を作ることを捨てた上で相手の中盤を作らせないことに重点を置いてくるのである意味隙がない。
少しでも「作る」ことを考えてくれるなら、そこをついて行けばいいけど、そういうそぶりを全く見せず、ミスしたところを的確についてくるものだから相手チームの攻撃陣としたら「まったくなにもさせてもらえなかった」という敗北感に襲われるのでは、ないかと思うのです。

その副産物としての「PK阻止」ではないかと思いました。
鹿島、柏、この2試合でのPK阻止には、そこまでの流れが大きく影響していました。
どちらも「エースの回復」を狙ってキッカーを決めていますが、そこに至るまでにエースのイライラが沸点にたっするくらいの付きまといで抑え
不発のエースの気持ちを上げさせるためにキッカーにしますが、そもそも集中力を削がれていますからPKですら怪しい状況になっているわけです。
金崎君は、完全に案パイなコースを狙い読まれてしまいます。
しかし今回は、だれが見ても決まったと思うようなスピードでけりこんできたボールを見事止めました。
それは、タクトさんの技術のすばらしさ、キックするぎりぎりまでうごかないところから、キッカーは、早く決着をつけようとし、フェイクも入れずそのままけりこんできた(ように見えた)ので、読みやすかったのかもしれません。
心理戦に大きく勝ったとおもうのですが、この心理戦、もう一人関わっているように見えたのです。
キャプテンが必ず、ちょっかいをだしたり、セットするまで相手の蹴る方向に見えるように動いたりとなかなかに小意地の悪いことをしていたのです。
試合後旦那が「今日は、タクト、あおちゃんにお礼言わんとね」というのでなにかと思ったら「蹴るまでいろいろしてたよ」と。
私は、ドキドキで見られなかったのでそんなことに気が付かず。
あとから「クリスティアーノのお尻をペンって叩いた」などなど、あれやこれやとやっていたようで・・・
技術的な部分は、どのクラブの選手も同じくらいに素晴らしいのです。
それを上回るには、アイデアとメンタルでは、ないかということなのですね。


今節、ボール保持率はいつもと同じく相手のほうが高かったのですが、たぶん終盤、攻撃されることが多かったので下がったのでしょうが、得点した時間帯の保持率は、開幕以来最高だったのでは、と思います。
解説者の方が「広島は、ボール持たないのかとおもったら今節は、結構持ってますね」と言われるほど、ポゼッションしていました。
そこから、完全に崩して、佐々木君のゴールです。
細かいパスでなく、中距離のパスをテンポよく繋いで、ロストしないように気を付けて前線まで運び、フリーでいる選手を見逃さないパスワークは、前述「面白くない」と言ったサッカーを凌駕していました。
柏も必死ですから中盤抗争に負けては、いられません。
中盤で取り合いしているかと思っていたら、ゴールを割られていたという感じだったかもしれません。

柏に関しては、スペースもありましたからセカンドボールを取りやすく、寄せられてもボールの出しどころがありました。
キャプテンがマークされることもあんまりなかったので相当自由にうごくこともできましたし一人ひとりもマークが難しくなかったのか、ごろうくんがいろんなところで活躍することもできました。

そういえば、最後のあたり、攻め込まれ始めてチームがしんどくなった時にごろうくんが猛然とホルダーを追い掛け回していましたね。
くらいつく!くらいつく!これは、しつこい!と解説の松原さんが大興奮で、終盤の押される時間帯にこういうプレイがでるとほかのメンバーは、休めるし相手の気持ちは削げるしで、本当にこういう選手がいる強みというのを存分に発揮できるということ選手の持つ力、パーソナルを熟知しようとする監督の意気にこたえようと選手が頑張る
姿を見て応援する気持ちにも熱がこもると思いました。

実際、得点シーン、PK阻止のシーン以外、面白くないシーンが多い今年のサンフレッチェ。
ですが、どんなサッカーであっても応援するには、関係ないわけです。
チームが勝利を目指す限り「応援」していくんだろうなと気づかされた試合でした。


(なので、「面白くない」ということでサポーター以外の人たちの足が遠のく不安は、あるのですがね。それも勝利が打ち消してくれるなら、それは、それでいいのかなどうかな?)

いつなのか。

そろそろ自分たちが負ける日が来るんじゃないかと思い始めていることでしょう。
負けたとしてもここまで来たんだから、1度くらいは仕方ないじゃないか、なんて思ってませんかね。
確かにそう思うのはわかるんですが、自分でもあるこの思い、いままで頑張ってきたんだから、少しくらい…と思うとそこからズルズルということは、よくあるんですね。
結果として負けてしまうことは、そりゃしゃーない。
でも、最初から「自分たちを負かそうと来てる」という「負け」という感覚を持ってしまうのは、あかんと思うんです。
勝ち続ける気持ちを持つのってしんどいんです。
もし、今負けてしまって自分がすごいショックを受けたらどうしよう、そこから立ち直れなくなったらどうしようって思うんです。

でもね、気持ちは、負けないでいようと。
それがキャプテンのコメントに込められてるなと、思ったんです。

ほんとに多分、想像にしか過ぎないんですが、今のサッカーをずっとやっていけるかどうか、これで、結果だけでお客さんが喜んでくれるかどうかを1番心配してるのは、キャプテンかもしれないなと。
だけど去年のように勝てなくなって何もかも失ってしまうことになることだけは、避けないとならない。
だったら、今やれることをやろうじゃないか、「ぶっ倒れるまでやって、帰ってきたい」
それくらい心を込めてサッカーすることが、今の自分たちができることだからサッカーの形云々より、今やってることを勝とうとしていることを見てほしい、ということじゃないんかなと。

キャプテンになった時「背中で引っ張れるキャプテンになりたい」と、言っていました。
そんなね、簡単にはいかないよ、ってずっと思っていました。
今でもそうなのかどうなのか、わからないのですが、この4年で積み上げてきたもの、難しいと思ってきたもの、どう、チームに気を配ればいいのか、それが言葉で表現出来なくても、あおちゃんは、チームに寄り添えるキャプテンになってきたのかなと思いました。

今日、高速サイドアタックから中に寄せられて、中からうまく攻められないかもしれません。
守備も自分たちが絞りたいところで広げさせられるかもしれません。
だからこそ、「ぶっ倒れるまでやる」という答えが出てきたのではないかとおもうんです。
次は、中2日水曜日あるから、なんなら、結果、出なくてもしゃーないとは思わない(いや、ほんとは、思ってるけどこの人は、口では負けない)
その思いがプレイにも出てくる、いつもなら空回りと言われるところ、今年はどうなの、としくん。


水曜日のルヴァン、若手チームが公式戦での最初の壁にぶち当たりました。
勢いだけだったところから考え始めると、どうしても手詰まりになってしまいます。
レギュラーチームは、それを経験してきた選手が揃っているわけです。
乗り越えられないことはありません。
自分たちは、自分たちの技術で勝てている。
人には理解されない部分もあるけれど、まずは、ここから、走ることポジションを取ること、受け渡し、周りを見て仲間を助けるために走ること。
洗練されていないけど、どんなモダンなサッカーをしていても根底にあるのは、やはりここなんだと思います。

結果は、あくまで結果。
サッカーの神様は、いません。
ただひたすらに自分を信じて闘ってください。

怪我のないように、元気で広島に帰ってきてくださいね。
健闘を祈ります。

高畑さん。

私は、「火垂るの墓」を見て一度も泣いたことがありません。

涙が出るメカニズムは、感情が募り血液が上昇し眼球付近に集まり濾しだされた水分が涙になるのですが、この映画を見ていると「かわいそうだ」という「感情」よりも、「これが戦後だ」という事実を突きつけられる恐ろしさが血の気を引かせてしまい、涙がでるような感情の高ぶりにならないのです。

それと同時に何度も放映されているにもかかわらず、全編通して見たことがありません。
おばさんに自分の子と分けられ、いらぬプライドを持っていると言われ幼い妹と出ていくまでの流れは、とても直視できるものでは、ありません。
そして最後、駅で行き倒れになっているところ、まだ息があるにもかかわらず死体として処理され荼毘に付し「サクマドロップ」の缶に入れた妹の遺骨は、捨て去られてしまいます。

こういう世界をただ坦々と描けるということが高畑さんの素晴らしいところだと思いました。
たしかに興行的には宮崎さんのほうに華やかさがありますが、どこか心に残り、なにか、考えさせられるのは、高畑さんの映画のほうでした。

他にもぽんぽこやおもいでぽろぽろ、かぐや姫でも泣いたことがありません。
千と千尋で号泣したのに。

そう思えば、勇気のある演出家だったのではないかと思います。
自分の思いをたくさん載せながらもあとは、見る者に考えさせる。
自分の思いをくみ取ってもらうのでなく、「おれは、こう思うが君は?」と、いつも問いただされているように思いました。

その一つがかぐや姫の物語のラストシーンです。

地球での出来事をすべて忘れさせる布をかぶせられ、かぐや姫は、育ての親のことを忘れてしまいます。
その、布をかけられた直後の忘れてしまったことを物語るかぐや姫の表情の冷たさそして、月に到着する直前、ふいに地球をふり返るまなざし。

そこで、かぐや姫が何を思ったのか。

忘れてしまうというところ、現実に置き換えると認知症の問題に置き換わると考えています。
大事なものを忘れるという現実、それに悲しみ家族。
もし、家族が自分がそうなったときに、かぐや姫のように一片でも思い出せるのか。
高畑さんが投げかけたことと違うかもしれませんが、そういう解釈の幅広さが作品にあると思います。
これからTVで放映があるかもしれませんね。
心して、見ようと思います。

スタジオジブリの鈴木プロデューサーが「やりたいことがたくさんある人だった。
さぞかし無念だっただろう」とコメントされていたそうです。
ほんとうに羨ましい。
無念、後悔を持って死ねるのは、生涯現役であった証拠。
私もそのように生きられたらといつも思っています。

合掌。

色気。

ちょっと色気が出てしまいましたかね。
取れそうな時間はありましたが、このチームに、駿くんは、あわないかもしれません。
若手なのだけどひとつ飛び抜けてしまったのか、それともここでフルで出てしまうと柏戦のレギュラー組でないということになってしまうからなのか、いつになく周りが見えていないように思えました。

それに釣られてか馬渡くん、やりにくそうに思いましたし、もしかするとJ1の壁がきてしまったのかなとか。
ほかの選手もバタバタするだけでなにやらおちつかない。

もりし、パス出す時優しすぎるんだね。
ズバリだせそうなのに。
まっちゃん、納得いくとかいかんとかいうけど出来てきたと思いますよ。
納得いかなくてもできているときはあるもんです。

工藤くん、ふと思ったのは、これが工藤くんがいると守備のスイッチが、なのねと。
工藤くんがはいってからあいてがラインをあげられなくなりまして。
そこでスペースができたんですよね。
使ってほしかったー。渡くんあたりに。

相手もあらいばっかりでポゼッションしたいのかプレスしたいのかよくわからない上にやたらこけてしまって。

おたがい、引き分けがいいとこでした。

ちょっと勝てそうな気がしたんだけどー。