こんにちわ。北見尚之です。

大手広告代理店の電通グループでは2020年12月期の通期決算では最終赤字は同社としては史上最大の1595億円と発表しています。
しかし、本業では黒字で電通グループのセグメント別で見た営業利益は国内事業で約724億円の黒字で、海外事業では約683億円の黒字となっています。
それでは、この巨額赤字をもたらした原因は何なのでしょうか。

まず、収益を圧迫した要因の一つが国内外における「事業構造改革費」でおよそ784億円の赤字です。
これは、人員を削減する際にかかる割増退職金や、借り手となっているにもかかわらず物件が稼働していない不動産のリース契約から見込まれる損失等が含まれます。
また、電通は21年1月に全社員の約3%の230人を個人事業主化しこれにかかった費用についても事業構造改革費用としてのしかかった形となっています。

しかし、今回の巨額赤字における最大の要因は、海外事業における「のれん」の減損損失1403億円です。
そののれんとは、電通が買収を進めた企業価値のうち、無形の営業資産が占める部分を指します。
具体的には、その会社の持つブランドや取引先関係、ノウハウや営業権など多岐にわたります。

例えば、中古のギターは定価から割り引かれた価格で通常は取引されますが、
同じギターでも著名なミュージシャンがライブで使用していたギターでは市場価格を上回る価格で取引されるようなイメージで、
このような価値観は、企業買収の際にものれんとして同様に現れ、場合によってはその会社の知名度やブランドといった、のれんの部分が買収価格の大半を占めるケースもあります。

電通は国内でも有数の「のれん保有企業」で、同社は13年からM&Aによる海外展開を急速に推し進め、
特に13年の英大手広告代理店のイージス買収では、4700億円ほどの「のれん代」を支払ったとみられています。
このイージスの「のれん」では、グローバル販路を活用し企業価値を大きく高めることに成功しています。
このように、会社の価値を上回る値付けで買収したとしてものれんをうまく活用できれば、高いのれん代を補って余りある効果を生み出すことができます。

しかしその逆に、のれんは時に買収企業に深刻なダメージを与えるほどの力を持つことがあります。
「のれんの減損」で記憶に新しいのは、日本郵政の事例で日本郵政が17年に、3200億円の最終黒字から、
民営化以降初の最終赤字となる400億円のマイナスに転落した際には買収した豪物流企業における4000億円にも昇るのれんの減損になりました。

そもそものれんの「減損」は、買収の際に見込んだ成長率やシナジー効果が当初の期待より低く投資した金額を回収できそうにないときに、
その価値を会計に反映させる手続きのことで収益性が減少したことによる損失のため減損と言います。

減損処理は不動産などの有形資産にも適用されるが、無形ののれんについては価値算出が難しく、一歩間違えれば大幅な減損処理を強いられるリスクがあります。
そのため、日本の会計基準では、のれんのような無形の資産も有形の資産と同じく費用化し、最大20年で減価償却することとなっています。
しかし、この方式ではのれんの償却費用が1株当たり利益を押し下げ、株価上昇を阻む要因になるデメリットもあります。
したがって、M&Aをメインに企業価値を高める戦略をとる企業は、のれんを償却しないIFRS(国際会計基準)方式の会計方法を取ることが多く、
電通もイージスの買収後はIFRSに切り替えたためのれんの償却は義務ではなくなりました。

しかし、このIFRS方式ではそれまで順調に見えた業績がのれんの減損によっていきなり大幅な赤字に転落することで、投資家にネガティブをもたらしやすいデメリットがあります。
今回の電通の決算では、事前の業績予想を大幅に上回る赤字が発生したが、これもIFRS方式による部分でこの点について、
国際会計基準審議会ではIFRS方式によるのれん償却の義務化の是非について検討を進めています。

電通が今回の巨額赤字に転落した要因は、買収対象会社への期待が、コロナ禍によって落ち数字となって表れてきたことにあります。
しかし、減損処理自体は、それを乗り切ることさえできれば立て直しが可能な一時的なものになります。

コロナ禍で電通グループの多くが前年同期比でマイナス成長となったが、デジタルマーケティングを手がける電通デジタルや、
情報テクノロジーを活用したソリューションを手がける電通国際情報サービスはそれぞれ前年同期比10%を超える成長を記録しています。

人員整理や電通本社ビルの売却など、経営のスリム化とデジタル分野における事業の展開が電通グループにとっても今後の鍵になってきそうですね。

北見尚之