さて、私たちは何のために熟議を続けていくのでしょう?
「2回したから3回目もやろう」ではなく、常に何のために?
と問いかけ、それぞれが答えを持ちながら活動していくことが大切だと
あらためて思いました。
熟議で話し合われたことをみんなで活動に結びつけていこうという場ではない。
例えば、「学校は午前中で終わりにしよう」という案をみんなで実現していこうという会ではない。
教育に対しての想いや志、自分がやっていること、やりたいことを話し、
聞き合うことで刺激され、また新しいものが生まれてくる。
自分自身の中に、新たなる行動目標が生まれてくる。
1回目や2回目の内容にこだわることもない。
今までの教育に責任を持ち、これからの教育にも責任を持っていこうという立場でかかわろう。
日本の教育を前進させるとは言うけれど、自分のためでもいい。
自分のためにやっていることが、確実に子どもたちはもちろん、周りの人に影響を与えるのだから。
自分が得たことを行動に移していこう。
異業種の井戸端会議みたい。つながる、できる、存在が認められる、そういう熟議を創っていこう。
年に2回くらいのペースで、きてくれる人のために場を提供し続けよう。
北見流の言葉でまとめると
「教育に対する志を表現し、共有し合い、支え合える場をつくる」
ということになります。