特定社労士試験に合格する人の思考法
― 法律実務家として成長するための学び方 ―
特定社会保険労務士・作家 北出 茂(受験指導講師)
特定社会保険労務士試験は、社労士資格を取得した後に挑戦する、いわば「実務家としての力量」を問う試験である。単なる知識量を競う試験ではなく、労働紛争の現場でどのように考え、どのように問題を整理し、どのような解決を導くのかという思考力が試される。
したがって、この試験に合格するためには、従来の資格試験とは少し異なる思考法が必要になる。私は労働相談や紛争対応の現場に関わる中で、「合格する人には共通する思考の特徴」があることを感じてきた。本稿では、そのいくつかを整理してみたい。
第一 条文から出発する思考
法律実務家にとって最も重要なのは、条文である。
特定社労士試験では、労働基準法、労働契約法、労働組合法などの基本法令が頻繁に問題となる。しかし、単に条文を暗記しているだけでは十分ではない。重要なのは、条文の趣旨を理解することである。
たとえば解雇問題を考える場合でも、労働契約法第16条の「解雇権濫用法理」がどのような歴史的背景の中で形成されてきたのかを理解しているかどうかで、問題の見え方は大きく変わる。
条文を読む。
条文の趣旨を考える。
そして実務の場面に当てはめる。
この三つの思考の往復が、法律実務家としての基礎体力を作るのである。
第二 事実を整理する力
労働紛争の現場では、法律以前に「事実関係」が重要である。
労働者の言い分
会社側の説明
就業規則の内容
雇用契約書
メールや記録
これらの事実を整理しなければ、法律を適用することはできない。
特定社労士試験の問題は、実務に近い事例形式で出題されることが多い。そこでは、どの事実が重要で、どの事実が本質ではないのかを見極める能力が問われる。
つまり、合格する人は「法律の勉強」をしているだけではない。
問題の構造を読み取る力を鍛えているのである。
第三 対立の両側を見る視点
労働問題を扱う専門家にとって重要なのは、バランス感覚である。
労働者の権利は守らなければならない。
しかし同時に、企業経営の現実も理解する必要がある。
企業は利益を上げなければ存続できない。
中小企業の多くは、人件費や社会保険料の負担に苦しんでいる。
だからこそ、紛争解決の場では単純な善悪の対立ではなく、双方の事情を踏まえた解決策が求められる。
特定社労士試験では、このような視点が重要である。
労働者の主張だけを理解しても不十分であり、企業側の論理も理解しなければならない。
合格する人は、対立の両側を冷静に見る視点を持っている。
第四 書く力
特定社労士試験は、記述式の試験である。
つまり、最終的には「文章で説明する力」が求められる。
法律実務においても同じである。
あっせん申立書、意見書、準備書面など、実務では文章を書く場面が多い。
重要なのは、
・論点を明確にすること
・条文や制度を正確に示すこと
・結論を簡潔に示すこと
である。
文章を書くという作業は、自分の思考を整理することでもある。
合格する人は、普段から書く訓練をしていることが多い。
第五 社会を見つめる視点
最後に重要なのは、社会を見る目である。
労働問題は単なる法律問題ではない。
それは社会の構造と深く結びついている。
非正規雇用の増加
長時間労働
少子高齢化
人手不足
こうした問題は、日々の労働紛争の背景に存在する。
法律を学ぶということは、社会を理解することでもある。
特定社労士試験に合格する人の多くは、ニュースや社会問題に関心を持ち、広い視野で物事を考えている。
試験の先にあるもの
特定社労士試験は確かに難しい試験である。
しかし、この試験に挑戦することには大きな意味がある。
それは、社労士としての視野を広げ、実務家として成長する機会になるからである。
労働者の権利を守ること。
企業の健全な発展を支えること。
そして社会の公正を支えること。
特定社労士の役割は、決して小さくない。
試験の合格はゴールではない。
それは、新しい実務の入口である。
この試験に挑戦するすべての社労士が、自らの可能性の扉を開くことを願ってやまない。
参照情報
・社会保険労務士法
・厚生労働省「個別労働関係紛争解決制度」
・労働契約法
・労働基準法
・労働政策研究・研修機構(JILPT)資料