「原発と社会正義」

――福島事故から15年、私たちの責任を問い直す

特定社会保険労務士・作家 北出 茂

 

2026年、東京電力福島第一原子力発電所事故から15年という節目を迎える。この未曾有の原子力災害は、日本社会に深い傷を残した。事故によって多くの住民が生活の基盤を失い、地域社会は分断され、今なお帰還の見通しが立たない地域も存在する。原発事故とは単なるエネルギー問題ではない。人間の生活、地域社会、そして社会の公正を根底から揺るがす問題である。

 

こうした中、京都市東山区の円山公園音楽堂において、市民有志による実行委員会が主催する「バイバイ原発3・7きょうと」の集いが開催された。約1000人が参加し、福島事故の教訓を忘れず、原発依存からの脱却を求める声をあげた。会場では、「脱原発は道半ばである」という認識とともに、国の原発回帰政策に対する危機感が共有された。

 

特に印象的だったのは、「電力の大消費地に暮らす私たちも当事者である」という訴えである。都市部で電気を消費する私たちは、電源立地地域の負担の上に成り立つ生活をしている。この構造を直視しない限り、日本のエネルギー問題は決して解決しないのである。

福島事故の責任と終わらない被害

集会では、福島県いわき市議である佐藤和良氏が登壇し、原発事故を巡る刑事・民事訴訟の経緯を報告した。事故後、東京電力および国の責任を問う裁判が数多く提起されてきた。司法判断は必ずしも被害者の期待に応えるものばかりではなかったが、それでも裁判は社会の責任を問う重要な営みである。

 

社労士として多くの労働問題を見てきた私の実感としても、責任の所在が曖昧な社会ほど弱い立場の人が犠牲になる。原発事故の被害者の多くは、農業者、漁業者、地域の小規模事業者、高齢者など、社会的に弱い立場に置かれた人々であった。

 

事故から15年が経過した現在も、福島では廃炉作業、汚染水・処理水の問題、帰還困難区域の課題など、多くの問題が続いている。原発事故の影響は世代を超えて続く。これは単なる災害ではなく、長期にわたる社会問題なのである。

「奇跡の海」と地域社会の未来

山口県上関町からは「上関の自然を守る会」の高島美登里氏が登壇した。上関町では中国電力による原発建設計画や、関西電力と共同での使用済み核燃料の中間貯蔵施設計画が議論されている。

この地域の海は「奇跡の海」と呼ばれるほど生物多様性が豊かな場所である。原発建設は単に発電施設を建てるという問題ではない。地域の自然環境、漁業、観光、地域文化など、さまざまな社会資源に影響を及ぼす。

地方の小規模事業者の支援を行う中で感じるのは、地域の自然環境こそが最大の資産であるということである。自然が破壊されれば、地域経済も同時に衰退する。エネルギー政策とは、地域社会の未来を決める政策でもあるのだ。

原発依存政策の失敗

京都工芸繊維大学名誉教授であり「老朽原発うごかすな!実行委員会」の木原壮林氏は、政府の原発回帰政策について「自然エネルギーに転換できなかった政策の失敗を取り繕うものだ」と指摘した。

実際、日本は再生可能エネルギーの導入において欧州諸国に大きく遅れを取っている。原発の延命は、この遅れを隠すための政策であるという批判は無視できない。

老朽原発の延長運転は、安全性の観点からも重大な問題を抱えている。設備の劣化、想定外の自然災害、技術者不足など、さまざまなリスクが指摘されている。事故が起きたとき、その被害を最も受けるのは地域住民である。

司法判断と市民監視の重要性

京都脱原発弁護団の渡辺輝人弁護士は、大飯原発差し止め訴訟について説明し、原発の地震動データの問題など安全性の課題を指摘した。

 

近年、原発を巡る裁判では「安全性の判断を行政に委ねる」傾向が強まっていると言われる。しかし司法が社会的弱者の権利を守る最後の砦であることは変わらない。

同時に、企業や行政の不正を防ぐ最大の力は市民による監視である。労働問題でも同じである。長時間労働やハラスメントの問題が社会問題として認識されたのは、市民や労働者の声があったからである。

 

電力会社が老朽原発の廃炉に追い込まれたり、不正データ問題が明らかになったりした背景には、市民運動の継続的な監視がある。民主主義とは、市民の不断の努力によって維持されるものである。

原発問題は社会正義の問題である

京都大学大学院生であり若者気候訴訟の原告である横山椋大氏は、原発の問題を次のように指摘した。

原発は環境負荷の問題だけではない。
高レベル放射性廃棄物という極めて長期的な課題を未来世代に押し付ける構造を持つ。

さらに

  • 安全対策費用

  • 廃炉費用

  • 事故リスク

これらのコストは最終的に電気料金として国民が負担する。しかも多くの場合、その負担構造は十分に説明されない。

これは極めて重大な民主主義の問題である。

誰が決めるのか。誰が負担するのか。誰が責任を取るのか。

この問いに答えない政策は、社会正義の観点から許されない。

労働者と経営者の双方を守るエネルギー政策

ここで忘れてはならないのは、エネルギー政策は産業政策でもあるという点である。電力会社の労働者、関連企業の技術者、地域の雇用など、原発産業には多くの働く人々が関わっている。

原発の廃止を進めるのであれば、そこで働く労働者の雇用転換を同時に進めなければならない。再生可能エネルギー産業への移行支援や技能転換の制度整備が不可欠である。

これは社会保険労務士として強く訴えたい点である。エネルギー政策の転換は「雇用の正義」を伴わなければならない。労働者の生活を犠牲にする脱原発もまた持続可能とは言えない。

同時に、中小企業の経営者にとって電力価格は死活問題である。再生可能エネルギーの普及は電力市場の透明性を高め、地域分散型のエネルギー経済を生み出す可能性を持つ。地域に雇用を生み出し、経営者と労働者が共に利益を享受できる仕組みを構築することが必要である。

「バイバイ原発」という未来への合言葉

集会では

  • 国と東京電力に責任を取らせる

  • 老朽原発の運転を止める

  • 核燃料サイクル政策の失敗を認める

  • 省エネルギーと再生可能エネルギーで気候危機を乗り越える

という決議が採択された。

 

その後、参加者は京都市中心部をデモ行進し、「京都、地球、子どもを守ろう」と声を上げた。

「バイバイ原発」という言葉は単なるスローガンではない。それは未来世代への責任を示す言葉である。

福島事故の教訓を忘れてはならない。
 

そして社会的弱者が犠牲になる構造を繰り返してはならない。

エネルギー政策とは、社会の価値観を映す鏡である。
持続可能で公正な社会を築くために、私たちは今こそ原発依存からの脱却を真剣に考えるべき時なのである。


参考情報

・福島第一原子力発電所事故関連資料(経済産業省・原子力規制委員会)
・脱原発福島ネットワーク資料
・上関原発建設計画関連資料(中国電力)
・京都脱原発弁護団資料
・若者気候訴訟関連資料
・環境省 再生可能エネルギー政策資料
・厚生労働省 労働政策白書
・各種報道機関による「バイバイ原発3・7きょうと」集会報道