「自由な共産主義」という言葉と、労働の自由という現実

― 社労士の視点から考える組織と権力 ―

 

特定社会保険労務士・作家 北出 茂

 

前回に引き続き、続編である。

近年、日本共産党は「自由な共産主義」というスローガンを掲げ、青年・学生・労働者に向けた宣伝を活発に展開している。主に党機関紙であるしんぶん赤旗やインターネット媒体を通じて発信され、「共産主義とは本来、自由を否定する思想ではない」というメッセージが繰り返されている。

 

この宣伝の背景には、旧社会主義国の歴史が生み出した強い不信感がある。すなわち、「共産主義=自由のない社会」という認識である。党自身も、この「反共認識」が党勢後退の要因であると分析し、若い世代へのイメージ転換を図ろうとしているのである。

 

党議長である志位和夫は著書『Q&A共産主義と自由』において、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによる共産党宣言の有名な一節――

「各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件である」

を引用し、共産主義社会こそ人間の自由が実現する社会であると主張している。

 

また、資本論を援用し、資本主義の利潤追求から解放されれば労働時間は短縮され、人間の創造的活動のための「自由な時間」が増えると説く。

 

理念としては魅力的に聞こえる。しかし、法律実務家として、また労働問題に日々向き合う社会保険労務士として、私はどうしても一つの根本的疑問に突き当たる。

 

それは、「その社会において、政府や権力を批判する自由は存在するのか」という問題である。

言論の自由は、労働者の命綱である

言論の自由とは単なる思想的権利ではない。
それは労働者が自らの権利を守るための現実的な武器である。

日本国憲法第21条は、表現の自由を基本的人権として保障している。これは民主主義の精神的基盤であり、同時に労働法制の基礎でもある。

 

労働現場を思い浮かべれば、その意味は明白である。

もし労働者が

・会社の不正
・長時間労働
・賃金未払い
・パワーハラスメント

を批判できない社会であればどうなるか。

それはすなわち、労働者が沈黙を強いられる社会である。

労働組合活動も成立しない。内部告発も成立しない。
労働審判や団体交渉も成立しない。

言論の自由は、民主主義だけでなく、労働者保護の前提条件なのである。

社会主義国家の現実

歴史を見れば、この問題は決して抽象論ではない。

旧ソ連では政権批判が「反革命罪」とされ、多くの人が処刑または収容所送りとなった。
現在の中華人民共和国では「国家安全危害罪」が同様の役割を果たし、政権批判は重い刑罰の対象となる。

朝鮮民主主義人民共和国では、体制批判は「反党反革命罪」として厳罰に処せられる。

中国による

・香港民主派弾圧
・ウイグル人抑圧
・チベット統治

を見れば、「政府批判の自由」がない社会に実質的な言論の自由が存在しないことは明白である。

 

かつて東ドイツに住んでいた後のドイツ首相、アンゲラ・メルケルも回顧録で

「独裁国家に言論の自由は存在しなかった」

と断言している。

プロレタリアート独裁という思想

マルクス主義理論の核心には、いわゆる「プロレタリアート独裁」が存在する。

 

ウラジーミル・レーニンは著書国家と革命において、プロレタリアート独裁とは

「抑圧者・資本家の反抗を暴力で抑圧する権力」

であると明言している。

 

つまりこれは、複数の価値観を認める民主主義とは本質的に異なる思想である。

議会制民主主義は、多様な価値観の競争を前提とする。
しかしプロレタリアート独裁は、一元的価値観を前提とする。

この二つは、理論上も制度上も緊張関係にある。

社労士が見る「組織統治」の問題

社会保険労務士として企業や労働組合を見ていると、もう一つの重要な問題が見えてくる。

それは組織の権力集中である

 

企業でも労働組合でも、権力が一極集中すると必ず問題が生じる。

・内部批判が封じられる
・人事権が恣意的に運用される
・不正が隠蔽される

これは企業不祥事の歴史が何度も証明している。

 

共産党組織に特徴的とされる「民主集中制」は、中央の決定に組織全体が従う制度である。

この制度は、効率的な意思決定という利点を持つ一方で、内部の異論が抑圧されやすいという欠点を抱える。

労務管理の世界では、これをガバナンスリスクと呼ぶ。

企業でも政党でも、権力の集中は必ず腐敗の温床になる。
これは政治思想ではなく、組織論の基本原則である。

経営者の立場から見ても重要な問題

ここで重要なのは、この議論が単なる反共批判ではないという点である。

経営者の立場から見ても、言論の自由は極めて重要である。

なぜなら、

・現場の問題が経営層に届く
・内部告発が不正を防ぐ
・組織の透明性が保たれる

からである。

実際、労務トラブルの多くは、
現場の声が上層部に届かない組織で発生する。

労働者の自由な発言は、企業にとってもリスク管理なのである。

「自由な共産主義」という言葉を超えて

理念としての社会正義を語ることは重要である。
資本主義の欠点を批判することもまた必要である。

しかし、社会制度を論じる際に最も重要なのは

権力を誰が監視するのか

という問題である。

 

政府を批判する自由がある社会こそ、
労働者も企業も守られる社会である。

これは政治思想を超えた、
現代社会の普遍的な原則である。

 

社会保険労務士として日々労働相談に向き合う私の実感は、極めてシンプルである。

自由な社会とは、
弱い者が声を上げることができる社会である。

 

その自由を守る努力を怠れば、
どのような美しい理念も、やがて権力の道具に変わる。

 

それは歴史が何度も教えてきた事実である。


参照情報

・共産党宣言(カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス)
・資本論(カール・マルクス)
・国家と革命(ウラジーミル・レーニン)
・Q&A共産主義と自由(志位和夫)
・共産主義批判の常識(小泉信三)
・日本共産党の研究(立花隆)
・自由(アンゲラ・メルケル回顧録)
・日本国憲法第21条
・日本共産党綱領・規約
・しんぶん赤旗2024年6月12日、6月26日、7月11日