「紛争解決手続代理業務試験」
―合格発表が近づくこの時期に
特定社会保険労務士・作家(受験指導講師) 北出 茂
紛争の現場に立つ者として、そして長年「紛争解決手続代理業務試験」の講師を務めてきた者として、いよいよ合格発表の時期が近づくこの瞬間は、受験生以上に胸が高鳴るのである。
答案を通じて受講生一人ひとりの葛藤と成長を見てきたからこそ、その努力が報われる瞬間を心から願わずにはいられない。
昨年度、令和6年11月23日に全国7都道府県で実施された第20回紛争解決手続代理業務試験は、令和7年3月14日に合格発表がなされた。受験者数856人、合格者数398人、合格率46.5%である。決して「狭き門」ではないが、決して容易でもない。合格基準は100点満点中55点以上、かつ第2問10点以上という足切り付きの総合評価である。知識のみならず実務的判断力が強く問われている試験である。
この試験は、社会保険労務士法第13条の3第1項に基づき実施される国家制度であり、合格して名簿に付記を受けた者のみが「特定社会保険労務士」として紛争解決手続の代理を行うことができる。
これは単なる肩書ではない。
労使間に横たわる深刻な対立のただ中に入り、法と対話によって解決へ導く責任を担う資格である。
具体的には、都道府県労働局や労働委員会における個別労働関係紛争のあっせん代理、さらには調停手続の代理、厚生労働大臣指定団体が行う裁判外紛争解決手続(ADR)における代理が可能となる。
対象法令は、障害者雇用促進法、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法、育児・介護休業法、パートタイム・有期雇用労働法など、多岐にわたる。いずれも現代の職場で頻発する問題領域である。
さらに重要なのは、和解交渉や和解契約締結の代理まで含まれる点である。
単なる「助言」ではない。当事者双方の主張を整理し、法的リスクを冷静に分析し、感情の暴走を抑えながら現実的解決へ導く力が求められるのである。
私は講師として繰り返し強調してきた。
未払残業代、ハラスメント、不当解雇といった悪質な行為には厳正に向き合う必要があるが、制度理解不足や管理体制の未整備から生じる紛争も多い。特定社会保険労務士は、紛争を「勝ち負け」に収斂させる存在ではなく、再発防止と持続可能な職場環境の構築へ導く存在でなければならないのである。
合格者の年齢構成を見ると、40歳代33.4%、50歳代33.9%と中堅・ベテラン層が中心である。
男女比は男性55.8%、女性44.2%である。
この数字は何を意味するか。経験を積んだ社労士がさらに専門性を高める資格として位置づけられている現状を示す一方で、若手挑戦者の少なさという課題も浮かび上がる。
私は率直に問いたい。これほど労使紛争が社会問題化し、SNS時代に炎上が企業存続を左右する時代にあって、なぜ受験者は856人にとどまるのか。全国の社会保険労務士数から見れば決して多くはない。紛争対応は精神的負担が大きく、責任も重い。だが、それこそが専門職の矜持ではないのか。
紛争は放置すれば訴訟へと進み、企業にとっても労働者にとっても甚大な損失を生む。時間、費用、 reputational risk(信用失墜)、職場の分断。誰も幸せにならない結末を、制度内で早期に解決することこそ社会的使命である。
特定社会保険労務士は「弱者の味方」であると同時に、「法秩序の番人」である。感情に流されず、しかし人間の痛みに鈍感にならず、悪質な違法行為には毅然と対峙する。その一方で、誠実に改善を志す経営者には具体的な再発防止策を提示し、持続可能な労務管理体制の構築を支援する。この両立こそが真の専門性である。
合格発表を前に、不安と期待が交錯しているであろう受験生に伝えたい。点数は結果に過ぎない。本質は、紛争の現場に立つ覚悟を持てるかどうかである。合格すれば重い責任が待つ。不合格であっても挑戦した経験は必ず糧となる。
労使紛争解決の最前線に立つ人材が増えること。
それは日本の職場を健全にし、誠実な企業を守り、弱い立場に置かれた労働者を救う力となる。
受験者数の少なさは、裏を返せば、社会がまだこの資格の価値を十分に認識していない証左でもある。だからこそ私は、これからも伝え続ける。
社会保険労務士は、紛争を恐れるな。正義を振りかざすのではなく、制度と対話で解決せよ、と。
勇気とは、冷静に交渉の席に着き、法と事実に基づいて語り、双方の未来を見据えた和解を設計する力である。
その力を備えた専門職が増えることを、私は心から願っているのである。
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【参照情報】
・社会保険労務士法第13条の3
・第20回(令和6年度)紛争解決手続代理業務試験結果(令和7年3月14日官報公告)
・厚生労働省公表資料(紛争解決手続代理業務の範囲および制度概要)