石破内閣と「信頼なき政治」

― 社労士・作家  北出茂の社会正義コラム ―

 

2024年10月1日、臨時国会において自民党総裁の石破茂が第102代内閣総理大臣に指名され、石破内閣が発足した。

官房長官には林芳正が再任され、新体制が船出したのである。

ところが新内閣は発足直後から国会解散を打ち出し、わずか数日で総選挙に突入した。政治の空白を最小限にするという説明はあったが、国民の側から見れば、政策論争も十分に行われないまま選挙に突入した印象は否めなかったのである。

 

石破首相は所信表明演説において「国民の信頼を取り戻す」と述べ、「ルールを守る政治」を掲げた。裏金問題によって深く傷ついた政治への信頼を回復することが政権の最大課題であると認識していたからである。また地方創生を柱に据え、交付金の倍増を目指すとした。しかし信頼回復を掲げた政権が、発足直後から疑念を招く行為に直面したことは皮肉であった。

 

象徴的だったのは、法務大臣に就任した牧原秀樹が、いわゆる旧統一教会との関係を認めた問題である。2005年以降に関連行事へ多数出席し、選挙支援も受けていたことが明らかになった。本人は現在関係はないと説明したが、過去の関係を党の調査に十分報告していなかったことも判明し、説明責任が問われたのである。

 

政治が国民の信頼を失う最大の原因は、不誠実な説明である。

政治家が過去を隠し、問題を矮小化し、責任を回避するならば、信頼は回復しない。これは労働問題の現場でも同じである。会社が不祥事を起こしたとき、事実を隠す企業ほど職場の信頼は崩壊する。政治も例外ではない。

 

石破首相は裏金問題に関連した議員12人を衆院選で非公認とした。これは政治改革の意思を示す措置と評価する向きもあった。

しかしその後、非公認候補の政党支部に2000万円の資金が交付されていた事実が明らかになった。党側は「選挙資金ではなく政党活動費である」と説明したが、国民の目には整合性を欠く対応と映ったのである。

 

不公正は必ず見抜かれる。

形式だけ整えても、実態が伴わなければ信頼は得られない。

政治の世界でも労働の世界でも同じである。

 

石破首相は10月9日に衆議院を解散し、「日本創生解散」と名付けた。地方創生の是非を国民に問う選挙だと説明したが、実際の争点は政治資金問題であったと言ってよい。政治とカネの問題に対する国民の怒りは深く、選挙結果にその意思が示されたのである。

10月27日に投開票された総選挙では、自民党は改選前247議席から191議席へと大きく議席を減らし、公明党と合わせても過半数を割り込んだ。一方、旧民主党系政党が躍進し、政党配置は大きく変化した。

選挙結果は明確なメッセージを示していた。

政治の不公正は許されないということである。

裏金問題で非公認となった議員の多くが落選した事実は、国民が政治倫理を重視していることを示している。民主主義は最終的には主権者の判断によって修正される仕組みである。この意味において、選挙は政治の自浄作用の現れでもある。

 

私は社会保険労務士として、制度と信頼の関係を日々実感している。

年金制度も労働保険制度も、信頼がなければ成立しない。労働者が保険料を納めるのは制度を信じているからである。政治が信頼を失えば、制度への信頼も揺らぐ。

それは国家の基盤を揺るがす問題である。

 

民主主義とは選挙だけではない。

日常の政治運営の中で、公正さと透明性が守られてこそ民主主義は機能するのである。

政治家は権力を持つが、その権力は国民からの信託によって与えられたものである。その信託を裏切る行為は許されない。

私は悪質な行為を許さない立場を明確にしておきたい。

裏金の隠蔽、説明責任の回避、形式だけの改革。

こうした行為は民主主義を内部から腐食させる。政治の信頼回復とは美辞麗句ではない。真実を語り、責任を取り、不正を正すことでしか実現しないのである。

 

政治が信頼を回復できるかどうかは、制度ではなく政治家自身の行動にかかっている。

民主主義を守るのは制度ではない。人間の誠実さである。


参照情報

  • NHKニュース「石破新内閣の顔ぶれ」(2024年10月2日閲覧)

  • 首相官邸「石破内閣総理大臣所信表明演説」(2024年10月4日)

  • NHKニュース「旧統一教会との関係」(2024年10月9日閲覧)

  • NHKニュース「裏金議員非公認」(2024年10月9日閲覧)

  • NHKニュース「非公認候補に2000万円」(2024年10月24日閲覧)

  • NHKニュース「衆院選2024結果」(2024年10月28日閲覧)