兵庫県知事不信任問題に見る「権力と良心」

― 社労士・作家 北出茂の社会正義コラム ―

 

2024年秋、地方自治の現場で極めて重い出来事が起きた。兵庫県議会は、斎藤元彦兵庫県知事に対する不信任決議案を全会一致で可決したのである。地方自治体の長に対する不信任決議が全会一致で成立するのは極めて異例であり、この問題の深刻さを物語っている。

 

発端となったのは、知事によるパワハラ疑惑と内部告発への対応であった。百条委員会の調査が続く中、知事は証人尋問に出席し、告発文書を公益通報として扱わず懲戒処分とした判断について「問題ない」との認識を示した。告発内容は誹謗中傷性が高く公益通報とは認識していなかったという説明であったと報じられている。

 

しかし問題はそれだけではなかった。百条委員会に出席した前副知事は、告発文書が報道機関に送付された後、知事の指示により告発者の特定調査が行われたと証言した。職員のパソコンやメール履歴が確認され、最終的に告発した元局長が懲戒処分を受けたという経過が明らかになったとされる。

 

この一連の経過は、社労士として数多くの内部通報案件に関わってきた私の目から見れば、極めて重大な問題を含んでいる。

内部告発者は守られるべき存在である

内部告発者とは何か。

それは組織の不正を是正しようとする勇気ある個人である。

企業でも行政でも、組織の不正は外部からは見えない。内部にいる人間が声を上げなければ明るみに出ることはない。

だからこそ日本には公益通報者保護制度が存在する。

 

内部告発者を守らなければ、不正は永久に隠される。

この原則は絶対である。

社労士としての現場感覚から言えば、告発者探しほど危険な行為はない。告発者探しが始まった瞬間、職場には恐怖が広がる。

  • 本当のことを言えば処分される

  • 上司に逆らえば潰される

  • 正義を貫けば孤立する

こうした空気が広がれば、その組織は内部から腐敗していく。

百条委員会という重い制度

地方自治法に基づく百条委員会は、通常の委員会とは異なり、証人喚問や資料提出を求める強い調査権限を持つ。

百条委員会が設置されるということ自体が、すでに重大な疑惑が存在することを意味する。

知事は証人尋問において懲戒処分は適切だったとの認識を示したが、県議会の各会派は内部告発への対応が不適切で県民の信頼を損なったと判断した。

その結果、全議員86人が辞職要求に足並みを揃えた。

そして2024年9月19日、不信任決議は全会一致で可決された。

これは政治的対立の結果ではない。制度としての自治が動いたのである。

不信任とは「最後の警告」である

知事はその後失職を選択し、出直し知事選への立候補を表明した。

地方自治法上、不信任決議が可決された場合、

  • 辞職

  • 失職

  • 議会解散

のいずれかを選ばなければならない。

知事が失職を選択したことで改めて県民の審判を受けることになった。

民主主義とはこういう制度である。

権力は選挙によって与えられるが、同時に制度によって制限される。

これこそが人類の英知の一つの形である。

パワハラは「戦争と同じ構造」を持つ

私は社労士として断言できる。パワハラは単なる人間関係の問題ではない。権力の濫用である。

強い立場の人間が弱い立場の人間を支配する構造は、戦争と同じ構造を持っている。

  • 権力者が命令する

  • 部下は従うしかない

  • 抵抗すれば排除される

この構造が組織の中で放置されれば、人間の尊厳は失われる。私は平和を愛する人間として断言したい。

職場の平和を壊す行為は、社会の平和を壊す行為につながる。悪質な行為は許されない。

組織の沈黙が最大の罪になる

この事件で最も重要な教訓は何か。

それは、沈黙は中立ではないということである。

不正を見て見ぬふりをすることは、不正に加担することに等しい。

もし内部告発がなければ、この問題は表に出なかった可能性が高い。

正義はしばしば孤独である。

しかし歴史を動かすのは常に少数の勇気ある人間である。

人類の英知は制度の中にある

百条委員会も、不信任制度も、内部告発制度も、人類が長い時間をかけて築いてきた仕組みである。

これらの制度は偶然に存在しているのではない。

権力の暴走を止めるために生まれたのである。

民主主義とは単なる多数決ではない。権力を監視する仕組みである。

私は人類の英知を信じたい。

制度が機能する限り、社会は修復できる。

勇気ある告発者に敬意を

最後に言いたい。

内部告発は勇気のいる行為である。

職を失うかもしれない。仲間を失うかもしれない。孤立するかもしれない。

それでも声を上げる人がいる。

そういう人々によって社会は守られている。

私は社労士として、そういう人々の側に立ち続けたい。

権力が人間を押しつぶす社会ではなく、人間が尊重される社会を守るために。

それが働く人を守る仕事をしてきた者の責任である。


参照情報

  • NHK「兵庫県知事 百条委で2回目の証人尋問」

  • NHK「兵庫 斎藤知事 失職し 出直し知事選立候補を表明」

  • 読売新聞「兵庫県知事への不信任決議案可決」

  • 読売新聞「告発文書調査指示問題」

  • 地方自治法第178条(不信任決議)

  • 公益通報者保護法解説(消費者庁)