国家とは誰のためにあるのか

ガザ戦争とパレスチナ国家承認の意味

社労士・作家 北出茂

 

国家とは何のためにあるのか。それは人を守るためにあるはずだ。

 

だが世界には、国家を持たないために守られない人々がいる。
ガザ地区に生きるパレスチナの人々が、その典型だ。

2025年7月、**エマニュエル・マクロン大統領は、フランス**が9月の国連総会でパレスチナを国家承認する方針を明らかにした。

もし実現すれば、主要7か国(G7)では初の国家承認となる可能性がある。

 

これは外交問題というより、人間の尊厳の問題である。

ガザで失われた日常

2023年以降の戦闘で、ガザ地区の社会は壊滅的な打撃を受けた。

住宅は破壊され、学校が閉鎖され、病院が機能停止し、水や電気も不足した

多くの住民が避難生活を強いられている。

私が社労士として強調したいのは、戦争とはまず生活の破壊だということだ。

仕事がなくなる。収入が消える。社会保障も存在しない。

これは労働問題の究極形である。

国家を持たない人々

パレスチナはすでに100か国以上が国家承認している。

しかし、

  • アメリカ

  • イギリス

  • ドイツ

  • 日本

など主要国は承認していない。

G7諸国は、「和平合意が先」という立場を取ってきた。

しかし現実には、和平は進まないまま、破壊だけが進んだ。

国家承認とは単なる外交手続きではない。

それは、この人々にも生きる権利があると認める行為である。

力による支配の危険

今回の戦争では、**イスラエル**軍による大規模な攻撃が続いた。

イスラエルには安全保障上の理由があると言われる。

 

だが、安全保障の名のもとに市民が犠牲になるなら、それは正義とは呼べない。

 

歴史を見れば、圧倒的な軍事力を持つ側が「自衛」を理由に攻撃した例は数えきれない。

弱い側は常に「存在しないもの」として扱われてきた。


社労士の目から見た戦争

社労士という仕事は、人が働きながら生きていくための制度を守る仕事である。

だがガザでは、制度そのものが存在しない。

  • 労働基準法もない

  • 労働組合も機能しない

  • 社会保険もない

人はただ生き延びるために働く。それは近代社会以前の状態だ。

戦争とは、社会を百年逆戻りさせる。

承認は出発点に過ぎない

フランスの国家承認方針は重要な一歩だ。しかしそれだけでは足りない。

必要なのは、

  • 停戦

  • 復興支援

  • 人権保障

である。

国家承認は、そのための土台にすぎない。

だが土台がなければ、建物は建たない。

声を上げるということ

私はこれまで、過労死やパワハラを防止するための立法制定運動にも関わってきた。数多くの現場での相談を受けてきた。

多くの人がこう言う。

「自分が悪いと思っていました」

ガザの人々も同じかもしれない。

だが違う。

暴力の責任は、暴力を振るう側にある。

 

世界政治は国家の論理で動く。

だが人間は国家のために生きるのではない。

国家が人間のためにある。

ガザで失われた命の一つひとつは、かけがえのない人生だった。

国家承認とは、その命を無視しないという宣言である。

もしフランスがパレスチナを承認するなら、それは外交の一歩ではなく、人間の尊厳を守るための一歩になる。

歴史はいつも、

小さな一歩から動いてきた。

そしてその一歩は、

必ず誰かに勇気を与える。


参照情報

  • BBCニュース(2025年7月31日)
    フランスのパレスチナ国家承認方針

  • 国連関連資料
    パレスチナ国家承認状況

  • 国際人道支援機関報告
    ガザ地区の人道状況