言葉を失う。
娘を轢き殺された男の、責め苦と悔恨の姿だ。
これは、絶望から始まる物語である。
こどもの日なので、この１作を。
(C)2021「空白」製作委員会
娘を失くした父親の痛ましさ
実話ではない。
だが、彼らが実際に存在する錯覚さえ覚える、圧倒的なリアリティだ。
生まれた時からずっと同じ町に暮らしているのであろう、漁師の男だ。
高校に通う一人娘と２人暮らし。
誰にでも矢鱈と怒鳴り、自分の鬱屈を人にぶつけるタイプ。
出会う人を嫌～な気持ちにさせるような男だ。
その男の娘が車に轢かれて亡くなった。
万引きを疑われ、スーパーの店長との諍いの中での事故だった。
さて、男の怒りの矛先は当然、店長に向けられることになる。
男の戸惑いが果てしない。
誰かのせいにしたくて、のたうち回るような行動が痛ましい。
渦中の店長もまた、過酷な時間に直面する。
一人の女子高生の死が、投網のように周囲を巻き込んでいく様子に息を呑んだ。
スタッフとキャスト
吉田恵輔監督の脚本演出は、人間の裏表を引きずり出す。みっともなさを見せてくる。そこに彫り込まれる人間性に、ただただ驚愕。
昨年は本作と『BLUEブルー』も発表したとは、凄すぎないだろうか。神か。
と思ったのは当方だけではないようで、この２作で2021年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を獲得した。
漁師の男は古田新太である。心情の変化で顔色まで変わる。激情を表現し続けるのは、さぞ体力を消耗するだろう。渾身だ。圧巻だ。
店長役は松坂桃李である。体の中から絞り出すような芝居だ。頼りなさげな若さを演じて、佇むだけで心情がこぼれ出す見事さ。
母親役は田畑智子だ。吉田恵輔監督とは『さんかく』でも強烈な印象を残したけれど、加齢したことで滲み出る母性がとっても良い。
先生役の趣里の、線の細さに秘められた信念が響く。
娘役の伊藤蒼が表現する内向性が切ない。
漁師の若者役、藤原季節の明るさがアクセント。ホッとする。
運転者の母親役は片岡礼子で、一瞬で胸を鷲掴まれた。
奥野瑛太が良い役！ 一度お見かけした際に、スタイルの良さに愕然とした思い出。
スーパー店員、ボランティア女性など、キャストの端々までが余さずに素晴らしい。
中でも出色なのが寺島しのぶだ。痛々しい女性を演じて、共感性羞恥心も芽生えるほど。それでいて突飛な人物像ではないから尚更に、心が泣いた。
「正義の人」の恐ろしさ
心を剝き出しにされた時に見えてくるものがある。
人々が隠していたいものを白日の下に晒す。
不器用というには不器用すぎる男の姿や、日常から引きはがされた店長の苦悶に、心をかき乱される。
人間が犯してしまう過ちには際限がない。
マスコミの弊害、大衆の無責任さ。
そして、「噂」の凶暴性。
ここに登場する「正義の人」が、果てしなく怖い。
人は正義を振りかざした時に、いちばん行動力が増す。
見覚えのある痛々しさであると同時に、自分がそうなってはいないかと振り返るキッカケも貰えた。気がします。
誰もが、そんな未来が待っているとは思わずに生きている中で起こってしまったアクシデントだ。
激烈な後悔を抱えてしまう男の姿に、同情を超える思いがこみ上げる。
ロケ地の愛知県蒲郡の海、その幾つもの象徴的な風景が目蓋に残る。
間違えてしまうのが人間だと認める強さ。
娘のことを何も知らなかった男の慟哭から生まれる、未知の心。
深く、人間が描かれている。
傑作かと思う。
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2021年製作／107分／PG12／日本
監督・脚本：吉田恵輔、企画・製作：河村光庸、撮影：志田貴之、音楽：世武裕子、出演：古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊藤蒼、片岡礼子、寺島しのぶ
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