大人達の中で、学級閉鎖になった時のクラスのテンションを思い出せる人はいるだろうか。
まぁ学級閉鎖の経験がない方もいるとは思いますが、お付き合い下さい。

昨日のホームルームで、担任の口から

「明日から三日間は学校くんな、ボケェ。」

と放たれたときの、教室の雰囲気っつったら、

一瞬の静寂と最高級のざわめき。

それはまるで、高い高い大波が押し寄せて、水しぶきが上がるかのように。
お前ら、この一連の流れの打ち合わせとリハーサルは確実にしただろ、と言いたくなるような息のピッタリあったシーン。
昨今メディアがうるさい、俗に言ういじめられっ子も確かにいるけど、あの瞬間だけは一丸となって喜べる。
いくら学級崩壊してたって、クラスってこういうもんだよな、って実感。

俺にはあまり、学級閉鎖で良い思い出がなかった。

俺にとって学級閉鎖は今回が最初ではない。
小学二年生くらいの時だったと思う。

俺はその頃から両親が共働きになったので、学校が終わると、育成室と呼ばれる学童保育に通うようになっていた。

インフルエンザが流行ったその年の冬、生まれて初めて学級閉鎖というものの存在を知り、経験した。
学級閉鎖になっても両親の仕事はなくならないので、朝から育成室に向かった。

誰もいなかった。

学童保育を受けていた生徒全員がインフルエンザにかかっていて、生徒全員が学級閉鎖の原因だったのだ。
人見知りな性格がたたったのか、まだ育成室に入りたての俺には仲の良い先生もいなく、ほぼ一人だった。

小学二年生が、まだ名前も知らない先生と一緒にいなければならないことは恐怖に近いものがあった。

普段、朝に生徒がいることはほとんどなく、掃除をする時間らしかった。
そんなに面識もない大人に掃除を手伝わされた。

体の小さい俺は、普通は掃除しない跳び箱の裏に押し込まれて掃除させられた。

そこに手付かずの一冊の本がホコリまみれで落ちていた。
ホコリを手で振り払い、題名を見る。

『孤独に負けるな』

俺は跳び箱の裏で泣いていた。