「幸せ」の定義? | 貴照良日 「貴照(きしょう)」のブログ

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コーチング歴34年。当初は、熊本中心地のカフェで鑑定。下通り,上通り,新市街に交通センター(現:サクラマチ)のcafeで待ち合わせをしていた時代。熊本を拠点とし、国内外の方のリモートも行ってます。鑑定50,000人以上になり、その独自流の統計から「貴照鑑定」を確立

この1週間で「幸せ」といことをテーマにしたご相談が続きました。

 

「幸せを感じる子に育てたい」という質問

 

先日、この質問以外に・・似た質問で・・

 

「私はいつになったら幸せになるのでしょうか?」

 

また、

「幸せになるためにはどうしたら良いでしょうか?」

 

それぞれの方の共通点を並べてみました。

 

●結婚して、お子様が二人

●お仕事は何度か転職

●夫には頼れず、一生懸命一人で子育てをしてきた

●経済も夫に頼れないので自分で頑張ってきた

●おかげ様で子どもたちは成長して大学生や社会人になった

 

3人の方の共通点です。

 

「幸せ」とは

 

哲学者アリストテレス「幸福論」が語っていたことを参考に!

 

幸せの3つの生活類型
人々が「幸せ」だと考える生活にはいくつか種類があるとし、それらを優劣をつけて分類しました。(Result 1.3, 1.5)

1:快楽的生活(享楽的生活):

快楽そのものを幸福と見なす、動物的な生活。アリストテレスはこれを最も低級なものとしています。

2:社会的生活(政治的生活):

名誉や社会的ステータスを幸福と見なす生活。快楽的生活よりは高級ですが、名誉は他人からの評価に依存するため、安定しないとされました。

3:観想的生活(哲学的・理性的生活):(最終行に具体的に書いてます)

真理を探究し、理性(ロゴス)を最大限に用いる哲学者の生活。アリストテレスはこれを最高の幸福と見なしました。

 

 

幸福の実現に必要な要素
アリストテレスは、真の幸福(エウダイモニア)は、徳の活動を核としつつも、それだけで完結するものではないと論じました。(Result 3.2)

重要な要素
中庸(バランス)の考え: 幸福とは、多すぎず、少なすぎない**「中間の状態」**(例えば、勇気は「無謀」と「臆病」の中間)にあるとされ、このバランスが道徳的・倫理的に好ましい状態だとされます。(Result 1.6, 2.3)

外的な財(付加的な善): 健康、富、友人、名声、社会的地位などの外的な善も、幸福な人生を送るための**「必要な前提条件」や「飾り」**として重要であると認められています。(Result 3.2, 3.6, 3.7)

アリストテレスの「幸福論」は、単なる感情ではなく、全生涯を通じた、徳と理性を伴う優れた活動を通じて、人間が持つ潜在的な可能性を完全に実現することに焦点を当てたものと言ってます。

 

この1週間で同じ質問を頂きました。

それぞれの方に、それぞれのアドバイスをしましたが、

1週間で同じ質問を3人の方から頂いたので、

 

今、「幸せ」の定義がわからなくなってきた時代なのかなぁ~と

ちょっとご参考までにと思って

 

このブログを書きました。

「要は自分」

このブログを読んで、

改めて皆さんの「幸せ」という定義を

教えてください。

 

アリストテレスにとって最高の幸せとは、生活の安定を保ちつつも、時間や場所を超えた真理を、純粋な知的好奇心から探究し続ける人生のことだったのですね。

 

3:の観想的生活の要素とは具体的に下記のことのようです。

●知識の深化

●知的なテーマについて議論する

●読書を習慣化する

●自己の内面を深く探求する為の創作活動(芸術・音楽)を行う

●余暇として設けられた、静かでゆったりした思索の時間

 

なるほど!

私は幸せを感じています

●易学を今でも研究出来ていること

●世の中の政治や出来事を家族と語る時間

●本や人の話を知る時間をつくること(今日も1冊読みましたよ!)

●音楽大好き、コンサートや絵画の時間は一か月に1度はあります。

●日曜日のデートの時間で自然を感じる時間と、毎日何となく歩く時間

 

毎日に、ありがとう。