振り返って・・やがて3年になりますね。
この震災で出会った・・福島浪江町のしばちゃん・・そして仮設の皆様!




震災後に1年経てば・・家に戻れると思って・・この仮設住宅に来たのに・・
仮の住宅と言うことで・・来たのに・・
希望を持てず・・3年目に入ろうとしています。
当初・しばちゃんたちは、1年我慢すればと必死で頑張って生きてきたけど・・
1年経った時に・・震災後から何も変わらず・・進んでいない現実に・・
逆に2年目に入ってからが・・心が急に寂しくなり・・・不安になり・・
さらには、全国からの応援も2年目に入った途端・・パタリと応援の言葉も少なくなり・・
どんどん、心がさみしく・・希望が無くなってしまった・・仮設住宅の皆様。
震災翌年に・・・私が見た風景は・・・
津波で壁もはがされ・・
ガードレールが水の力でねじ曲がり・・
がれきの中に・・1軒だけが残された・・風景


このような現状の仮設住宅のしばちゃんが・・
仮設のみんなのために・・ネットでいろいろと呼びかけ・・
そこで私は出会いました。
遠く離れた九州の熊本から・・何ができるのだろうか?
熊本は水俣病で苦しんできた県。
水俣病にて健康被害があり・・その後の申請や手続きなど・・
いろいろな問題が長年ありました。
この水俣病の最高裁まで戦い・・最後の最後に逆転して勝訴・・
この勝訴になったのは私の友人の証言からで・・そこから
何を今やるべきか?熊本だからこそ・・出来ることがあると思い・・
医学の面からのアドバイスを沢山いただきました。
最初はしばちゃんご家族・・と思っておりましたが
集合住宅の場合、全体を考えて応援をしないと・・大切な仮設住宅のつながりを
崩してしまう危険性や・・お金ではなく心の応援や心のサポートもとっても大切で
あることを学びました。
そこで健康に関しては、ドクターを派遣して健康アドバイスや、
水俣病にて日記をつけていたことで申請につながったことをヒントに
健康管理ノートを制作し、仮設の方々へお配りさせて頂きました。








