助け合いジャパンさんの動画です。
しばちゃんの当時のインタビューです。
「原発事故後どうやって生きていったらよいか不安だった。」と語る浪江町から避難の柴
柴田さん家族は、3月15日午前まで浪江町に放射能が来ていることを知らなかった。普
避難した先で知り合いになっても転居を余儀なくされる。先行きが見えない中、精神的に
約1ヶ月間引きこもりの生活が続いた。それから、柴田さんは少しずつ回復し、仮設住宅
また、個人的に支援サイトを探して、支援物資を送ってもらい、郭内の仮設住宅に住んで
「原発事故から1年以上たっているので、支援物資が欲しいとは自分から言えない人が多
と柴田さん夫妻が言っていた。
仮設住宅によって必要なものは違うと思うが、郭内仮設住宅ではトイレットペーパーなど
現在仮設住宅に住んでいる方の中でもなかなか他の方と交流することが難しい人たちもま
私も少ないながらいくつかの仮設住宅におじゃまさせていただいたが、それぞれに状況が
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