福島浪江町の今・・ | 貴照良日 「貴照(きしょう)」のブログ

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コーチング歴34年。当初は、熊本中心地のカフェで鑑定。下通り,上通り,新市街に交通センター(現:サクラマチ)のcafeで待ち合わせをしていた時代。熊本を拠点とし、国内外の方のリモートも行ってます。鑑定50,000人以上になり、その独自流の統計から「貴照鑑定」を確立

5/9に浪江町の柴田さんとご友人の方が一時帰宅されたそうです。
帰還困難区域となられたご自宅のある浪江町と
解除準備区域となった浪江町のお写真をたくさん撮って送ってくださいました。

現在の浪江町の状況を是非みなさんもご覧になってください。

お写真を拝見し、柴田さんへいくつか質問させていただきましたところ、
すぐにお返事をくださいました。
お写真と一緒に柴田さんのお声をみなさまにお伝えしたいと思います。

日本で・・・私たちのすぐ近くで起きているこの現実に、
そして避難生活をされている皆さまの悲しみ、お辛い思いに
心を寄り添っていただきますよう心よりお願い申し上げます。
5/9に浪江町の柴田さんとご友人の方が一時帰宅されたそうです。
帰還困難区域となられたご自宅のある浪江町と
解除準備区域となった浪江町のお写真をたくさん撮って送ってくださいました。

現在の浪江町の状況を是非みなさんもご覧になってください。

お写真を拝見し、柴田さんへいくつか質問させていただきましたところ、
すぐにお返事をくださいました。
お写真と一緒に柴田さんのお声をみなさまにお伝えしたいと思います。

日本で・・・私たちのすぐ近くで起きているこの現実に、
そして避難生活をされている皆さまの悲しみ、お辛い思いに
心を寄り添っていただきますよう心よりお願い申し上げます。
このように帰還困難区域に入る道にはバリゲードが作られています


通行許可証がなければ立ち入ることはできません。


先日、我が家のあります帰還困難区域に立ち入りをして来ましたが、
私の近所の家の前で線量計で放射線量を測定したところ、
驚くほどの数値が出て恐怖を感じました。
70マイクロ?120マイクロシーベルトでした・・・言葉を失いました。

Q 昨年ご帰宅された時に約20マイクロシーベルトだった数値が、
  70~120マイクロシーベルトに上がっているのでしょうか?

A この70マイクロ~120マイクロは私の家の近くの方の家の前の線量なんですよ。
  私の家では最高で50マイクロでしたね。
  この家の方と一緒に行ったので私の線量計で計測した時の写真です。
  この方はとてもがっくりとしていました。


無人となった町の景色が無念でなり寂しくて悔しくて涙が溢れました。
これが日本で起こって居るのですよ。私達はもう帰れません。

Q 帰還困難区域の除染作業は始めているのでしょうか?

A まず、帰還困難区域の除染は、写真にありました汚染された土が
  帰還困難区域の除染実験の土なんです。
  実験では線量は少し下がりましたが、人が住める線量には下がりませんでしたね。
  後は、除染はされていません。
  それどころか解除準備区域も除染されていませんよ。
  まだ浪江町は手付かずの状態です。

Q 黒いビニールのような物は除去物ですよね? 
  学校が除去物の仮置き場になっているのでしょうか。

A 黒い袋と緑のシートで覆われているのは、津須磨地区の除染実験で出た
  除去物になります。
  本当に狭い区域を実験的に行った結果の高線量の土です。
  津島地区の中学校が仮置き場になっているのですよ。
  この実験になんと6億円ものお金がゼネコンに支払われたのです。
  結局は生活出来る線量には下がりませんでした。

先日、柴田さんから私たちのブログにコメントを頂いた際に、
一時帰宅の際に防護服着用と書かれていらっしゃったので伺いました。

Q 先日、ブログのコメントに一時帰宅の際に防護服着用と書いてくださいましたが、
 放射線量が高くなったからまた防護服を着させられるのですか?

A 防護服着用の件ですが、これが国のおかしな所なんですよ。
 今まで自由に私服で帰宅をさせておいて、帰還困難区域と
 指定された途端に防護服着用と決められたのですからね。
 克曲さんと行って来た時も私服でしたよね。
 今になり防護服なんておかしいですよね。
 もう散々被ばくさせておいて2年も経過してからですからね。
 線量はそのままの所と上がっている所が有りますよ。
 今も漏れ続けているのですからね。

テレビで観る防護服は立派な物ですが、避難されている方々が着用する
防護服は「紙」なのです。
皆さんも一時帰宅の最初のころに報道で避難されている方が防護服を
着ている映像をご覧になったか思いますが、ホコリ除けの紙の防護服で
放射能から身を守るものではないのです。
昨年6月に仮設に伺った時にお話を伺い、とても驚きました。
防護服着用もテレビで報道された最初だけで、その後は何の指示もなく
この約2年の間、私服で皆さんはご自宅へ一時帰宅されていたのです。
それが、4月を期にまた防護服着用と・・・首を傾げることばかりです。

Q「津島地区町民各位」のこちらの紙は避難された時のものですか?

A 津島地区町民各位の紙は、3月15日に全町民避難の指示が町長から
出されましたが、まだ残っていた方がいるので、その方達に向けたメッセージになります。
16日となっていますので、避難指示の15日に役場職員が手書きで
書き残したメッセージになります。


こちらのご自宅の硝子に心の叫びが書かれていています。
皆さまはご帰宅される度に悲しみと怒りとの狭間でどんなに涙を
流されていることでしょうか。
どんなに歯を食いしばり、お辛い日々を過ごされていることでしょうか。
何とお声を掛けたら良いのでしょうか・・・

先日浪江町の解除準備区域にも行きました。
ここはもうすぐ帰りなさいと言われている区域です。
ですが3.11のままの状況で放置されています。
時計も津波の来た時間で止まっていましたよ。
それに福島第一原発が肉眼で見えるのです。

ここで落ち着いて生活が出来るでしょうか? 
何故避難生活をしているのかと考えればもう答えは出ますよね。
これが今の故郷浪江町の現状です。


Q 解除準備区域と言っても建物が壊れているこちらの街は
  津波が来たところですよね・・・
 万が一、津波が来た時の対策など行政は考えているのでしょうか。

A 解除準備区域ですが、3.11のまま時は止まっています。
  津波の跡は生々しく残っていましたね・・・
  堤防は壊れたままですし、牛や豚が我が物顔で歩いています。
  もし今、再び地震が来て津波となれば無防備な状況です。
  何を考えているのか理解できません。

このように原発が見えるこの地に復興住宅を建設するのです。

Q この写真の、こんな近くに原発が見えるところに復興住宅を建設して、
  みなさんを住まわせるのですか?

A 原発の写真を撮った場所の近くに町と国は復興住宅を作る計画は本当です。
  直線距離で3~4キロ位ですし、肉眼で見えるのですよ。
  真由美さんこんな所に住めますか。
  私達は原発事故のせいでこんな狭い仮設住宅で生活させられているのですよ。
  考えられませんよね、本当に頭にきます。

ご覧になっていただいた皆さま、悲しいですね・・・
本当に悲しいです。言葉を失います。切なくなります。
どうしたら良いものか・・・どうしたらお力になれるのか・・・
この私に何が出来るのか・・・色々なことが巡ります。

2年を経過した今でも、現地は手つかずのまま。
4月に区画再編され解除準備区域となっているところも
未だに除染作業も進まず・・・先が何も見えない状態。

原発は次々と問題が発生し、放射能が未だに溢れている原発の近くに
復興住宅を何故建設するのか・・・
そこに何の安全が保障されているのか、政府は何を基準に決めているのでしょうか。
放射線量が低くなったからだけでしょうか。
政府の皆さんは家族と一緒にあの地に永住することは出来るのでしょうか?

「真由美さんこんな所に住めますか」
私もあの原発の見える地に安心して住むことはできません。
誰もがそう思うと思います。
みなさんはどう思われますか?

今回の現地への立ち入りでとても精神的に疲れたと仰っていました。
線量計の数値を見たときは、恐怖を感じたと・・・
ご一緒されたご友人も肩を落とされていたそうです。
ご自宅に帰り、疲れてしまわれるのです。どんなにお辛いことか・・・

早く家に帰りたいとこの2年もの月日ずっと願い続けられていたのに、
帰還出来るまで「100年以上」と言われ
この先の見えない現実と日々向かい合って生活をされているのです。
現地は時が止まったまま。何も変わらず、時間ばかりが経過しているよう
にしか思えません。

柴田さん、たくさんの貴重なお写真とお声をありがとうございました。
これからもメディアでは伝わらない現地の貴重な声を
たくさん聞かせてくださいね。

1人でも多くの方に現実を知っていただきたいと思い、
書かせていただいております。
たくさん考えている中で今の私に出来ること・・・です。

ブログをご覧になっていただきました皆さま、ありがとうございました。


斉藤 真由美

いつもしばちゃんたちへの活動にてお手伝いいただいている
「お茶づけ生活」の真由美さんのブログからそのままシェアさせていただきました。
詳しくは、真由美さんのブログをご覧ください。過去の記事もわかりやすくまとめて
くださっております。そして、毎回熊本の応援をしてくださっています。
ブログ お茶づけ生活

今月の熊本からの応援物資の発送は5月28日火曜日となります。
現地福島に届くのが金曜日になります。
神奈川の真弓さん・・よろしくお願いいたします。