今朝・・
フェイスブックを見ていたら・・
私の名前がありました。
あの震災の翌日だったと思います。
1本の電話がありました。
「貴照さん・・僕のアメリカの友人がツイッターでsosと書かれたメッセージがあるのですが・・・
そこは、ヘリで行くしか方法がなく・・突然ですがヘリコプターを飛ばせてくださる方をご存じないでしょうか?」
(ヘリコプターの操縦士の佐藤さん・小川さん・・有難うございました)
この時に、栗谷様は「ただね、貴照さん・・もしかしたらこのsosが嘘だとしても・・怒らないでね・・
何もなくてよかったと思いましょう!!もしも事実であれば、僕たちは動いてよかったと思いましょう!!とにかく、ことを急いでいるので・・ご協力いただけますか?と・・
お身内を助ける思いでの気持ちのように・・私にお願いするようにご連絡をくださったんです。
この時から、私の心は被災地に向きました。
「そうだ!!被害のあっていない私たちが目を向けて現地に対してできることを探そう!!」
そして、私はネットでsos欄に目を通す毎日となりました。
このブログで、原田真二さんファンのかたが僕の友達が田村市で赤ちゃんのお水がなく
困っているとの連絡。さっそく、今度は、私から栗谷様にお願いして、翌日、福島現地に行っている熊本の仲間に連絡を取ってもらい・・チカケン君に現地にお水を運ぶ手配をしていただきました。
また、このブログで宇土に物資をお願いしましたときも、皆さんにお世話になりましたね。
そしてその後に、ネットを通して福島の浪江町郭内仮設住宅のしばちゃんと仲間たちさんと出会ったのです。
私のブログから・・さらに熊本の仲間が集まってくれて・・現地福島にも足を運ぶことになりました。昨年一緒に行ってくれた古田さん 眞谷さん 畑中夫妻 山内さん 東京の仲間の真弓さん 小畑さん、有難うございました。
こうやって、熊本の仲間は、それぞれ違う場所でそれぞれの応援を、続けている。
火の国・・熊本の仲間!!風化させず、応援をお願いします。
福島浪江町に熊本物産専門の「しばちゃんスーパー」を開店目標としております。
まずは、しばちゃんたちが住むところが確定することです。それまでに、資本も作っていきたいと思います。現地でドレスタオルなど作品を作って販売しております。皆様の心の応援を風化させることなくお願い申し上げます。☀浪江町応援活動「しばちゃんスーパー」
今朝・・栗谷様が書かれていたフェイスブックのメッセージをシェアします。
3・11 は永遠!
悪夢が幾度となく押し寄せる、映画を見ているような光景が幾度となく放映されてくる・・・
「行ってきます!」チカケンの三城賢士君と池田親生君が軽トラで即時現地へ!
刻々とその状況が・・・。アメリカからはひっきりなしに、この場所に多くの人たちが・・・の助けて欲しいメールが飛んでくる、
民間ヘリを飛ばしたく、いろいろな方に連絡、すると親愛なる貴照さんから、コンタクトを取って頂きました。
改めて貴照さんにお礼を申し上げます。そして自衛隊の友人に救助依頼を、彼は奮迅行動してくれました。
荒木さん野口さんから、支援チームをすぐ結成しようと、お陰様で多くの方々の支援物資が宇土市役所に集まり、
8人(内女性1人)の志士が物資とともに現地へ、現地から喜びの声が・・・
私たちの会社の皆さんも全員惜しみなく動きました。スタンドープレー、チェーンメール迷惑だとの批判も浴びました。私たちは屈しませんでした。
それは、阪神大震災被害者の荻野文子(おぎのあやこ:受験界のマドンナ古文で有名!)さんの「ヘタな人生論より徒然草」を読んでいました。
その中に「売名行為でもなんでもいい。被害者は、現場で食糧救助等助けてひれた人が最も尊い」とあったからです。
TV曲から、ある大きな番組を中止するか否かの会議、震災支援の番組に変更が決定、多くの市民の方々がこの支援に参加・・・
支援チームとしては、今までに6度訪問、帆足さんの企画で「祭を見て頂き憩って頂こう」バス1台、火の国よさこいの肥後まぐまが参加してくれました。
昨年は、帆足さんは流された七夕を制作し届けられました。
そして昨夏熊本も大水害、なんとなんと訪問で親しくなった被災の方から見舞金が届き、涙が出ました。まだまだ復興できていない中にも、私たち熊本を思う心・・・
多くの絆が生まれ、さらに生まれ続けています。いいくに会では、子ども募金で支援を続けさせて頂いています。
ACT21さんは、熊本に移住の皆さんへの支援に全力をあげておられます。そして東京に大手技術者の30才の女性の方は、毎週土日(仕事状況)東北に復興作業に行かれています。
このように多くの方々の行動に心から感謝申し上げます。
私たちもなおいっそうの支援行動これからもこして行きます。