やっと昨年の引っ越しをした時の段ボールを片づけました。
その時に・・・私の宝物が出てきたんです。
当時・・私はもう大人の気持ちでいた子供でした。
そんな中、父(養父)は私のために・・いろいろと考え
女の子だから・・お人形さんがほしいのだろうと・・
あれやこれやと悩みながら選んだんだと思います。
そこで・・選んで私に初めてお誕生日プレゼントをくれたのが・・
リカちゃんのお友達タレントパットちゃんでした!
本当はこのころ・・お人形さんよりも自転車や笑っちゃいますが・・
将棋とかがほしかったんです。けど・・
子供なりに、父は、私の本当の父になろうと・・
当時父は40歳代後半だったと思うのですが・・
頑張ってくれているのがわかり・・
「私・・嬉しいわ!お父ちゃん、ありがとう!!」って
何度も・・何度も・・お礼を言って、父を喜ばせてあげようと
思っていたころを思い出しました。
これが最初で最後のプレゼントとなりましたが・・(笑)
私にとって、父が私のためにくれたことが嬉しく・・
40年以上たっている今も、大切に宝物として持っています。
父が昨年倒れ・・その昨年に父が大切にして保管してくれていたのが・・
ちょうどこのお人形さんをくれたころの私の映像でした。
今のうちに、お前にあげておくな!!と言って、
私の幼いころの8ミリビデオの映像フィルムをくれました。
つい今週の水曜日にも倒れてしまい・・沢山の過去のいろいろな思い出を
思い出しています。
父も同じく40年以上も前の私の映像を大切にしてくれていたんです。
残念ながら映写機がなく・・映像をちゃんと見れないのですが・・
(どなたか・・映写機をお持ちじゃないでしょうか?)
編集機があったので・・ちょっと映してみました!
映りは悪いですが・・私の小学生の時のローラースケート姿です(笑)
こうやって・・お互いに想い出を大切にしていました。
当時はうまくいかない関係でした。
父の顔をみると・・すぐに逃げ出し・・違う部屋に行く私。
私を見るとすぐに睨めつけてしまう父。
父も私との接し方がわからず・・
私も父との接し方がわからず・・
ちゃんと子供でいないといけないといつも神経を使っていました。
父も、同じだったのかもしれません。
教育として厳しかった父
口答えをした時に、喉をこぶしで殴られ・・
声が出なくなってしまった時や・・
脅迫と感じた恐怖から右耳が聞こえなくなったり・・
今でしたら、虐待と表現されるようなことが多かったのですが、
今思うと・・怒り方を知らなかった父・・
不器用だった父のやり方だったんだと思います。
今では・・この父の子供として引き取られてきたことに
心から感謝です。殴ることはいけないことですが・・
当時、私が殴られたにはちゃんと理由がありました。
感情で殴ったのではなく、何度言ってもわからない私に
これで、ちゃんとしろ!!ということだったんでしょう。
殴られる理由を子供なりに理解もしていたので・・
父を恨んだり・嫌いになったりしなかったのかもしれません。
いや・・子供なりに父には私を殴る権利があることを認めていたんだと
思います。父がちゃんと幼い私と信頼関係を築きあげてくれていたので
子供の私は、父の殴る教育を受け入れていたのかもしれません。
当時、絶対の父でした。父を尊敬していたので・・怒られても納得していたんだと
思います。
親子関係は、血のつながりだけでなく・・
幼い時からの信頼関係がとても大切だと思います。
その信頼は、父は絶対に嘘をつかない・・約束を破らない・・
この印象が今でも強く残っています。
子供が親の言うことを聞かなくなるのは・・
親が嘘やごまかし・・更に約束を破ることを平気でしているからかもしれないと
思うことが何度もあります。
お互いに信頼し合う親子・・そして夫婦も、
絶対に嘘・・約束破りは・・ダメですね。
信頼関係は、幸せを作ってくれますね。
どうか・・・神様!!父が元気に退院できますように!
まだ、1度も父に抱き着いたことがないんです。
最後に・・1度で良いです。
背中から抱き着いてみたいです・・・・・
娘より・・父へ