「藤崎宮秋の大祭」 | 貴照良日 「貴照(きしょう)」のブログ

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コーチング歴34年。当初は、熊本中心地のカフェで鑑定。下通り,上通り,新市街に交通センター(現:サクラマチ)のcafeで待ち合わせをしていた時代。熊本を拠点とし、国内外の方のリモートも行ってます。鑑定50,000人以上になり、その独自流の統計から「貴照鑑定」を確立


毎年恒例の、熊本のお祭り「藤崎宮秋の大祭」


今朝、徹夜で事務所でお仕事をしていたら・・・

「どうかい!どうかい!」「どうかい!どうかい!」ってものすごい声が!!


あら~~事務所の前が、通り道でした。



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藤崎八旛宮秋季例大祭(ふじさきはちまんぐう しゅうき れいたいさい)は、熊本県 熊本市 に鎮座する藤崎八旛宮例祭 である。

大祭の諸行事は9月 の第3月曜日敬老の日 )をその最終日とする5日間にわたって行われており、その最終日に行われる神幸行列が祭りのクライマックスとなる。その中で観客の注目を集めるのは、神輿 に付き従う「随兵(ずいびょう)」と「飾り馬(かざりうま)」の奉納行列である。飾り馬は、近年は60団体以上が奉納し、「ドーカイ、ドーカイ」という威勢のよい勢子たちの掛け声と、ラッパ などの鳴り物でにぎやかに行進しながら、熊本市内を練り歩く。



祭りの由来と変遷


この祭りは、もともとは放生会 (ほうじょうえ)に由来するものといわれている。現在でも、この旧習自体は各地の寺社 で催されているが、藤崎宮のこの祭りでは、その遺風を見出すことはできない。 「随兵」は、加藤清正文禄・慶長 、大坂から無事帰還できたことを神前に感謝し、みずから随兵頭となって兵を引き連れて藤崎宮の神幸式に供奉(ぐぶ)したのが起こりと伝えられている。その後、細川 藩政時代にも継続され、随兵行列の三役(随兵頭・長柄頭・御幸奉行)は家中で選抜された高位の者が務めた。 「飾り馬」は本来、供奉神職 の乗馬であり、神職と同数の12頭が奉納されていた。細川 藩政期には家老格の家から馬を出していた。また、かつて藤崎宮が鎮座していた藤崎台(現在は県営野球場がある)からは御旅所までの距離が短く、神職 は乗馬せずに馬を曳いて供奉した。そのため不用の 上に飾りを施したものが次第に大きくなり、今日のような紅白あるいは青白の太輪の飾りになったという。馬上の飾りは「陽陰(ひのかげ)」と呼ばれ男女の性器を模った作りになっており、安藤流と小堀流の様式があったが、現在見受けられる型は安藤流のみとなっている。 家臣団の奉仕によるものであった飾り馬は、明治維新 後、町方の手に移り、その奉納馬の数は時流の影響を受けて増減をみせてきたが、ここ数年は60頭以上の飾り馬が奉納されている。

平成19年度の奉納団体は67団体。参加者数は約17000人の熊本一を誇る祭礼になっている。