みつえもんから貰ったコメントへの返事なのだが、字数オーバーしたのでここに記す。
「被災者のことを思えばメダルなんかできないはず。おまえらみんな募金しろ」
というスレッドが立った時があった。あれは楽しそうにしている若者達に嫉妬したスレ主の厭味であって、「被災者」を道具に己の卑しい主張を通そうとする情けないスレッドだった。
「国民全員が被災者の為に行動を自制したら日本は潰れる。スレ主の考え方は10人に1人でいい」
と俺はコメントしたのだが、
「いいえ募金は大切です」
と、俺に対抗するカタチで入ってきた左翼っぽいおばさんがみつえもんだった。
それが最初の出会いであり、彼女の自己PRの断り書きの多さに「自分はこの人とは絶対に解りあえないだろう」
だがアラシという共通する敵の出現により、一時的に手を組む道を選んだ戦略的互恵関係。
政治的な話をみつえもんに振らなけりゃ上手くやってけるだろう、と思ったのだが、アーユレディの公式での発言は保守色が強く、リベラルなみつえもんには聞き捨てならなかったはずだ。
「アーユレディの意見を不特定多数に押し付けるな!」
↑じつは「アーユレディvsP太朗」なんかどうでもよく、政治思考・行動傾向が「私」とは真逆なアーユレディが我慢ならない。ってのが表現されている。
「あのスレッドを見たくない人の自由は?」
↑なんだ自由って?
どっからどこまでが自由なんだ?
「自由」とか「人権」とか一見もっともらしく聞こえて、じつは中身のない大雑把な言葉を振りかざすところは、あの「被災者」を盾に説教してきた人間に同調したみつえもんの真骨頂。
「ちょっとアレな人」
「レベルの低い人」
↑こういった上から目線のみつえもんコメント見たくない人の自由はどうなるんですか?なんていくらでも使える便利な言葉ですな。アーユレディをゴキブリと揶揄
するみつえもんももちろん自由でっせ。負けを認め去っていった者に「つまんねー奴」と追い撃ちかけるみつえもんはやっぱり自由。
別に世界も世間もSNSも「仲良しこよし」じゃないんだよ。他人を罵倒すれば当然やり返される。たとえ第3者が見たくなくても、その光景を目撃することがある。人間は全てを「自由に」選べるワケじゃない。
みつえもんは俺の行為を「甘え」と言ったが、曖昧な自由の概念と、その理想論を振り回す貴女は高校生か?
アレも駄目、コレも駄目、というプロフィール文章なみつえもんなワケだが、「一般大衆と私は違う」といったリベラル思考であり特権意識を持つ貴女にとって、アーユレディは異質であり、それこそ偏った思想なのだから、「ちょっとアレな人」「レベルが低い人」なのだよ。「私の言う崇高な理論を理解できないバカ」を相手に時間と労力の無駄でっせ。
「みつえもんの意見に従わないことが、捩じ伏せたことになり、だからアナタは傲慢」
って、どんだけ自分が上から目線を振り回してるか自覚していないようだがな。
親が裁判長なのかね?
まあ貴女には恩義に感じることもあるし、あんまし酷い仲たがいはそれこそ理想に凝り固まった連中がそれぞれ好き勝手言う左翼の御家芸「内ゲバ」であって、本当は人に優しい保守である俺はどこかで妥協しなければいけないのかもしれない。
落としどころを考える。



」とモヤモヤ過ごすこと苦節?数年経ったある日、横浜・星川図書館でたまたま手に取った本、「小さな悪魔の背中の窪み」 …スティーブンキングのホラーと思いきや、動物行動学者の竹内久美子さんの「血液型と性格の相関関係を解明してやる」という著書であった。
