映画『ジョン・ウィック』と『イコライザー』が受け入れられる社会的背景について



これらの作品が描く正義と復讐のテーマは、観客の内面にある正義感や力による解決への願望を反映していると考えられます。


現代社会では、法や制度が完全に機能しない場合があり、そのような状況下で個人が直面する無力感やフラストレーションに対する一種のカタルシスを提供しています。



『イコライザー』シリーズでは、主人公が権力を悪用する者たちに対抗し、被害者を救う姿が描かれています。



これは、社会の不公平や理不尽に対する一般市民の怒りや無力感を代弁していると言えるでしょう。


また、70年代のヴィジランテ※映画(タクシードライバーなど)の精神を受け継ぎ、法で裁けない悪人を個人が叩きのめすというストーリーは、警察機構が機能していないことの裏返しとも言えます。(※1856年、アメリカ英語、スペイン語のvigilanteから来ており、文字通り「見張り人」という意味で、「自警」とい意味があります)




一方で、『ジョン・ウィック』シリーズは、愛犬を殺されたことをきっかけに復讐に立ち上がる主人公の物語で、個人の怒りと復讐の行動が描かれています。このシリーズは、復讐劇としての要素に加え、独自のアクション世界を展開し、観客に新しいエンターテインメントを提供しています。



これらの映画が受け入れられる背景には、現実世界の複雑さや不条理に対する逃避、またはそれに対する一時的な解決を求める観客の心理が反映されていると言えるでしょう。映画は、現実ではなく、映画の中でのみ許される行動や解決策を通じて、観客に強い感情的な満足感を与えることができるのです。



・必殺技仕置人にも同じテーマが見える

映画『ジョン・ウィック』と『イコライザー』は、日本のテレビドラマ「必殺仕置人」に似た要素を持っています。1973年に放送された「必殺仕置人」は、社会の暗部に立ち向かう仕置人たちが悪を裁く姿を描いた時代劇で、正義と復讐のテーマが強く反映されていました。



「必殺仕置人」では、主人公たちが自らの手で悪人に対する制裁を行い、法では裁けない不正や悪を討つというストーリーが展開されます。これは、『ジョン・ウィック』や『イコライザー』においても見られるテーマで、主人公が個人的な理由から復讐を遂げるという点で共通しています。



また、これらの作品が持つスタイリッシュなアクションや、主人公のカリスマ性、そして観客に強い印象を残す独特の世界観は、時代を超えて多くの人々に愛される理由の一つでしょう。それぞれの作品が持つ独自性と共に、観客が求めるエンターテインメントとしての要素をしっかりと押さえている点で、古今東西のアクション作品が共鳴する部分があると言えます。