ありわらだいじに | 劇団 貴社の記者は汽車で帰社
 今回、橘逸勢役を演じました吉田です。



 いかがだったでしょうか?在原一家の不穏な空気の中、逸勢なりに考えて動いた結果、一家(とくに業平)に深い爪痕を残して去っていく形となりました。お客様見送りの際に、何人かの方から「死んじゃいましたね。とてもいい人に見えたのに」的なコメントをいただきました。そう見えるような役作りをしてきましたので、演じた側としてそう見えていたならとても嬉しく思います。



 さて、今回も自分の役を振り返ってみようかなと思います。劇場で配布しましたパンフレットを参考にしていただくと良いかもしれません。私もパンフレットを見ながら書いていますので(笑)



 業平の学問の師として、在原一家と親しい間柄であった逸勢は「業平に王族という身分に振り回されて生きていって欲しくない」阿保親王と「業平に王族の誇りを捨てずに生きていって欲しい」伊都内親王、双方の思いを分かっています。劇中では多分に阿保親王サイドでしたが、伊都内親王の気持ちも十分伝わっていますよ(笑)。

そんな両親のすれ違いの中にいる業平を何とかしてあげたい、けど外部から口を挟むのもどうか…だったら「皆に優しく」すればいい。これが劇中の逸勢像でした。「いい人」かもしれませんが、八方美人な気がしないでもないです。学問に秀でてはいたが、人の心のケアの方はいかがなものでしょうかね…と個人的には思っていたりします。



 そんな逸勢は、いわゆる「承和の変」に巻き込まれていきます。なぜ逸勢は阿保親王に東宮を逃がすこと相談しにいったのでしょう?

親王に話せば、どんな方向に転がっても親王を巻き込む形になります。一度は帰ろうとする演技があったように「阿保親王なら、皇太后(橘嘉智子)にかけあって、今回の件をうまく納めてくれるかもしれない」という思い、「しかし、また親王を争い事に巻き込みたくない」という思い、様々な思いが交錯していたように思います。思います、と書くのは、今、冷静に考えて書いているためです。この場面は、状況を説明するだけのセリフ回しになるように勤めました。自分、自分が培ってきた学問の無力さ、結局巻き込みたくない人間を巻き込んでしまったこと…ちょっと自棄気味にもなっていましたね。

その後、一縷の望みは砕かれ、逸勢はこの世を去ります。残った人たちに傷跡を残して…



 …振り返ると、劇中の逸勢は「在原一家への優しさを原動力にして生きた人物」だったと思います。

この立ち位置で在原一家の中にいると「この家族は…何とかならないかな、何とかしたいな、でもなー…」的なモヤモヤした考えが終始頭を巡りますよ。まあ、ある家庭の崩壊の一端を担ってしまった人はこんな風に考えていましたということで。優しさだけでは、どうにもならなかったよ…



 最後になりますが、当日暑い中劇場に足を運んでいただいた皆様、本公演に携わって下さったスタッフの皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。



吉田優一