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mamaの日記

ガンと、ストーマと。
mamaがmamaらしく暮らすために。

 

papaの面会。

 

mamaとエレベーターであがり、面会の用紙にmamaの名前を記入。

 

ナースステーションの窓口で押し問答があった。

 

「キーパーソンの人しか面会できないんですよ」(キーパーソンは母です)

 

「先週、娘さんが会われていますよね」(母が具合わるくなってしまったから..)

 

「一人の人がその後もずっと面会者になります」とか

 

面会の決まりの紙をもってくる

 

(入院後、全部の書類に目を通したけど、なかったけど?)

 

(面会できるのは、一人ということはわかってます。

 

でも、妻のmamaが会えないってどういうことですか)

 

そこへ、看護師さんが、飛んできて

 

「いいの、いいの」と、その人を制した。

 

「T先生に呼ばれたので、お2人で面会できます」

 

mamaと私、一緒に部屋に案内された。

 

部屋がかわっていて、集中治療室だった。

 

 

 

 

 

 

心労か、mamaが具合がわるくなって

 

junちゃんが急遽、4泊の帰省をしてくれた。

 

インターホンの工事に立ち合って、名古屋に戻る。

 

 

雨。実家に歩いて向かってドアの手前で

 

病院から私のスマホに着信。T先生だった。

 

「心不全がわるくなっている」と。

 

「父は、苦しんでいるんですか」

 

「いや、苦しんでいない。意識もありますよ」

 

次の面会はいつかと聞かれ、木曜だと言うと

 

「早めて、明日、4時に面会ね。一人だけ。」と言われた。

 

 

要件は、それだけではなく

 

papaの使った点滴の針が、看護師さんの指にささってしまったとのこと。

 

「HIV検査をさせてほしい。Iさんは99%、感染はないとは思うけど」

 

明日、検査の同意書にサインしてほしいということだった。

 

それで、急いでいたのかもしれない、と思った。

 

そうだとしたら、許せない。

 

家族を翻弄させる..


面会が1週間に15分しかできないと

papaの様子も、治療もわからない。


もしかして、認知症とまちがえられていないか?

だから、身体を拘束されている?

医者は、papaにきちんと説明をしたのか?

治療のためとわかれば、papaは管を抜いたりしない。


救急搬送される日のお昼まで


少しのビールを飲んで、焼きおにぎり、小さなチキン、イチゴ大福は、ぺろっと食べた。

歯もよく、ふつうの食事だった。
 

そういえば入院後、食事に関する聞き取りもなかった。

高齢だから流動食と決めつけ

それさえも危険だから、今は与えてもらえないのか、など..


ままならない面会をして、帰宅すると

次々と、疑念が生じてしまう。


junちゃんが病院に電話して、T先生に折り返しの連絡をお願いしたら

夕方になって、やっと看護師が、主治医の代わりに電話してきた。

 

「娘さんにお話ししましたので」ということだった。

 

物忘れは増えたが、決して認知症はなく、家族と普通に会話していたこと。

 

入院する日の昼までは、少量ながらもしっかり飲み食いしていたこと。

 

junちゃんが看護師に説明したけど、T先生に伝わるといい。