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mamaの日記

ガンと、ストーマと。
mamaがmamaらしく暮らすために。

 

2日間が終わった。

 

お通夜と告別式。

 

 

棺にフタをする前に

 

mamaはpapaに、なんて声をかけるのかと思ったら

 

「楽しかったわよ。...楽しかったわよ」

 

夫として、妻から、これ以上の言葉はないのではないか。

 

よかったね、papa。かっこいい、mama。

 

 

私は、本当に言いたかったのは

 

「ごめんね。助けてあげられなくて、ごめんなさい」

 

それが言えたら、少しは、気持ちも晴れたかもしれない。

 

 

papaは、私に怒っている。

 

亡くなって、日が経つにつれ、私の記憶が削ぎ落とされ

 

目を剥いて、暴れた、面会の記憶だけ、鮮明によみがえる。

 

水を飲ませてもらえると、家族を待っていたのだろう。

 

papaを、絶望させてしまった。だから

 

その2日後から、容体がわるくなったんだ。

 

 

junちゃんとのメッセージのやりとりの中でも、こう、あった。

 

 

papaは大往生できたのか?

 

本人の望む最期を提供できたのか?

 

papaは、病床で何を訴えていたのか?

 

未だに後悔の念が消えない。

 

最後のpapaの姿が頭から離れない。

 

これは、僕の中でしばらく引きずりそうな気がする(4/25)

 

 

 

papaは、会館の個室に、安置されている。

 

広くて、涼しくて、心が落ち着く空間。

 

背の高い、白百合のアレンジメントが2カ所。

 

蝋燭、渦巻き線香がたかれていて、ガラスのコップの水。

 

10時半~4時まで、いつでも面会できる。

 

お通夜まで5日間あるけど、そういう時間があってよかった。

 

入院中は、厳しい制限があったから。

 

毎日、mamaと面会に行っている。

 

 

「写真、すてきですね」

 

管理してくれている女性スタッフに言われた。

 

「父の趣味だったので..」

 

10枚ほどの風景写真。もともと

 

シンプルな額に入れて、papaの書斎に飾ってあったもの。

 

長い飾り台を出して、並べてくれた。

 

1枚は、大きくひき伸ばして、お祭壇の後ろを飾ってもらう予定。

 

junちゃんがプレゼントした、写真のスライドショーも

 

個室のコンセントに差し込んで、回している。

 

 

エンバーミングをして、かっこよくなったpapa。

 

壮絶な最期だったけど

 

今は、穏やかな顔をして眠っている。

 

水も、お大福も、お酒もお供えして。

 

「責任もってお預かりさせていただきます」

 

帰り際に、スタッフが見送ってくれた。

 

 

mamaは、papaに

 

「ご苦労様でした。あなたのお母さんが待っているわよ」

 

と、たくさん、話していた。

 

51年前に亡くなった、おばあちゃん。ハルさん。

 

papaは、5人兄弟(女、男、女、女、男)の末っ子で

 

お母さんに可愛がられ、papaもお母さんが大好きだったと

 

mamaから聞いていた。

 

 

私は、papaの両目をあけてみた。

 

きれいな瞳がこっちを見ていた。

 

「(56年間)ありがとう、ありがとう」

 

マスクをとって、顔を見せた。

 

 

2人ずつ面会だから、mamaをのこして

 

junちゃんを談話室に呼びに行く。

 

mamaとjunちゃんが面会しているとき

 

T先生が入ってきた。

 

聴診器をあて、脈をとり、目を確認して

 

4月23日、午前9時と示した。

 

(実際は、8:09 と 8:11の電話の間ではないか、と思う)

 

 

10時過ぎ。

 

電話で頼んだお迎えがきて

 

エレベーターで5階から1階におりると

 

「主治医がお見送りします」と看護師。

 

T先生が、廊下の曲がり角で待っていた。

 

正面玄関と反対側の、黒い扉から出た。

 

白い寝台車が出発するまで、見送った。

 

T先生にお礼を言って、mama、junちゃん、私は、実家に戻った。