井戸は異世界への通路だった。

 

小野篁は井戸を通って夜な夜な

地獄の閻魔様のサポートに赴いたという。

 

井戸は産道にも例えられる。

水は人間の命の源でもあるし、

胎児は羊水の中に生じるのであった。

 

この細い道は、「あの世」と「この世」を

繋ぐ道だった。

 

その道が細くて暗いのは、

私たちがそこを容易に行き来できないからであり

想像するだに不安になる、

「闇」を想起させる道だからだ。

 

しかし見回せばわかる。

世の中の命あるものたちは

ひとたび死んだように見えても

地面に種を落とし、再び新たな命を生じる。

 

また、命を散らしたものの朽ち果てた身体は

土に戻って、より豊かな実りを生じる。

 

死は生とつながっているのだと

想像するのは容易なことだ。

 

初恋が井戸の水面に生まれたのならば

永遠に魂の通路を介して

どれだけ生と死を繰り返しても、

 

永遠に一体なのだと信じた女の

念が、ここに強く刻まれたのではないだろうか。

 

ある人の文章にあった

それは「玉繭」だと。

 

原種の蚕はときどき複数で繭に籠る。

とても大きな繭なので「玉繭」という。

 

夫婦で籠る繭のように

井筒のふたりは

やわらかくあたたかい

幸福の頂点の玉繭の中で

永遠に眠っていたかったのだと。

 

          つづく

 

観世流 | 観世流能楽師 山下あさの オフィシャルサイト | 日本 (asanoyamashita.com)