今月末の広島公演、樹下好美先生の解説の演題は
「水底の闇に諸説あること」。

 

やはり井筒は 闇 なのだ。

丑三つ時でもあるし、井筒の闇について

考察してみようと思う。

 

世阿弥の作品 能 井筒 は

伊勢物語 第二十三段「筒井筒」を典拠として創作されている。

「筒井筒」のあらすじは、こうだ。

 

大和の国(奈良)、お隣さんの幼馴染の男女が井戸の傍で

背比べをしたりして仲良く遊んでいた。

 

やがて成長して互いを意識し初恋となる。

 

男は求愛の文を贈った

「筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹みざるまに」

-いつのまにか井戸の高さも超えてしまった。僕の背丈も、想いのたけも-

 

女の返歌

「くらべこし振分け髪も肩過ぎぬ君ならずして誰かあぐべき」
-同じおかっぱだった童髪も肩を超えて長くのびました。

       妻となってこの髪を結いあげる夫は貴方のほかにはいません-

 

ふたりは結ばれて、めでたし、めでたし…

 

やがて女の親が亡くなり、経済的に困ることとなり

夫は河内の国(大阪)の裕福な女のもとへ通い始める。

 

別の女のもとへでかける夫を、妻は微笑んで見送るので

夫の胸に疑念が生まれた。

 

さては留守中、別の男と逢っているのだろう。

 

男はでかけるふりをして、庭の植木の陰にひそんだ。

妻は美しく化粧をして、夫が越えていく山を見やり口ずさむ。

 

「風吹けばおきつしらなみ龍田山 夜半にや君がひとり越ゆらむ」

-風が吹くと危険なあの山道をひとり越えてゆくあの方は大丈夫かしら-


ひたむきな妻の心を知り、やがて男は河内へ通わなくなってしまった。

 

さて、能「井筒」は…

 

例によって主人公は、既にこの世にはいない。
伊勢物語 第二十三段の舞台の跡地に
建てられた在原寺に、旅の僧が通りかかる。

そこには背比べの井戸があり、一叢の薄が寂しくゆれている。

 

寺に祀られる在原業平に花水を手向け祈る謎の女。

女は伊勢物語について語り、

実は自分こそがその「井筒の女」なのだと明かして消える。

 

僧が弔っていると先ほどの女が現れる。

在原業平のシンボルである初冠を被り
形見の直衣(のうし)を身に着けた男装である。

 

「徒なりと名にこそ立てれ櫻花、年に稀なる人も待ちけり」

最初に彼女が口ずさむ和歌は、伊勢物語の別の段の歌。

-桜の花は美しいけれども、すぐ散ってしまって

  気まぐれに人の心をかき乱すのだと悪名が立っているのだけれど

   なかなか訪ねて下さらない貴方のために、散らずに待っていたのですよ-

 

つづく

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