桜爛漫の愉悦ー西行のうつろう心の底に   その2 | fly me to the moon

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観世流能楽師 山下あさの のいろいろ

こよなく桜を愛し、流浪行脚の法師として悟りを求めて生きた西行。

己の内面を見つめ続けた真直ぐな和歌ゆえに

誰もの共感を呼ぶ、俗や欲を離れられないイメージが流布している、

 

日本各地にある西行の足跡。

長い旅路は西行の心の旅路そのものであったかもしれない。

今一度、その生涯を見直してみよう。

 

西行は、元永元年(1118)、父-佐藤康清、母-源清経の娘

との間に生まれた。俗名を佐藤義清(さとうのりきよ)という。

藤原秀郷を先祖とする名家であり、義清は容姿端麗、文武に秀で、

鳥羽法皇のエリート護衛団である、北面の武士として仕えていた。

 

大河ドラマ「平清盛」より

 

ところが身分も妻子も捨て、保延6年(1140)、23歳の若さで出家した。

 

 「そもそも西行は、もと兵衛尉義清也。重代の勇士たるを以て、

法皇に仕ふ。俗時より心を仏道に入る。家富み、年若く、

心に愁無きに、遂に以て遁世す。人これを嘆美する也」 

(藤原頼長の日記『台記』より

 

出家の動機としては、「西行物語絵巻」(作者不明、二巻現存)

では親しい友の死を理由に北面を辞したと記されている。

この友人の急死にあって無常を感じたという説が主流だが失恋説もある。

これは『源平盛衰記』に、高貴な上臈(じょうろう)女房と

逢瀬をもったが「あこぎ」の歌を詠みかけられて失恋したとある。

 

この頃、次のような歌を詠んでいる。 

そらになる 心は春の かすみにて 世にあらじとも 思ひ立つかな (723)

ただただうわのそらのようになって出家へのおもいがつのるばかり。

世をいとふ 名をだにもさは 留め置きて 数ならぬ身の 思ひ出にせん (724) 

俗世を捨てたいとの望みすら俗世の噂になってしまった。置き土産として去り行こう。

まどひ来て 悟り得べくも なかりつる 心を知るは 心なりけり (875) 

迷い悩み続けてきたが悟りの境地には至れないことを自覚しているということが悟りに近づいているということ。

世の中を 思へばなべて 散る花の 我が身をさても いづちかもせむ (「新古今集」)

華やかな花もやがて散り果てる宿命。己の人生をどう生きるべきか。

 

要するに、もっと年少の頃から義清は煩悩に支配されて生きる

人間の在り様を見つめ、悟りを求めて生きていたのだと思われる。

すべてに恵まれた境涯にありながら、そのような心境であるとは

もともと優しく、感受性豊かな人間だったことが伺われる。

 

義清の出家について有名なエピソードがある。

ずっと果たせなかった出家への望みを果たそうと

心に強く誓って帰宅した義清を、四才の愛娘が飛びついて迎えた。

義清は娘を縁側から蹴落とし、そのまま自ら髻を切りおとし

持仏堂に投げ入れて出家してしまった。

妻はかねてより夫の望みを知っていたので、驚きもしなかったという。

 

この暮の出家さはりなく遂げさせ給へと、三宝に祈請(きしょう)申して、

宿へ帰りゆくほどに、年ごろたえがたくいとをかしけりし四歳なる女子、

縁に出迎ひて、父の来たるがうれしさよとて、袖に取りつきたるを、

たぐひなくいとをしく、眼もくれて覚えけれど、

これこそは煩悩のきづなを切ると思ひて、縁より下へ蹴落したりければ、

哭(な)き悲しみけれども、耳にも聞きいれずして中に入りぬ『西行物語絵巻』

 

義清の突然の出家の理由はわからない。

しかし時代背景にも少なからず要因があると思われる。

当時の日本は「末法の世」にあたり、浄土信仰が流行した。

 

仏教では釈迦の死後1500年後に仏教が荒廃し、世が乱れる

「末法の世」になるという考えがあった。

ちょうど日本で平安後期にあたり、貴族政治から武家政治への変遷の

さ中の混乱もあり、「末法の世」が到来するという思想が広く信じられた。

 

貴族も庶民も「末法の世」の到来に怯え、せめて死後、西方極楽浄土の

阿弥陀如来に迎えられることを望み、盛んに阿弥陀堂が建立される。

平等院鳳凰堂

 

比叡山で天台宗の教学を学んだ法然が、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、

死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを説いたのは、

承安5年(1175年)、西行57歳の時であった。

 

すさみすさみ 南無ととなへし ちぎりこそ 奈落が底の 苦にかはりけれ (聞書集223)

 

つづく

 

youtubeチャンネル ロマンの響き「さくらさくら in 明日香村」

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山下あさのオフィシャルサイト

https://www.asanoyamashita.com/