法と論理では 捉えられない巨悪

私刑をもってしか裁けず 故に故郷を去らねばならない

どうすれば正しかったのか? 共に命を焼べるべきだったのか……

虚構は現実と交わる 普遍の正義は確かに証明された

 

松岡圭祐さんの 【シャーロック・ホームズ対伊藤博文

 

「断罪するつもりか。君らが秩序と呼びたがる稚拙な決まりごとに反すれば罪か。私は未成熟な社会に学ぶ機会を与えてやっているに過ぎん」

「啓蒙の名のもとに犯罪の正当化はできない。どれだけの血が流れたと思っている。チャリングクロス駅近くの放火事件では、6歳と4歳の子供が無残な死体と化した」

「社会の発達は犠牲なしには成り立たない。歴史に学び給え、ホームズ」

「そのつもりだ。暴君は倒され、改革のときを迎える。今がロンドンの未来を左右する瞬間だ」

 

「事実、罪を犯した」ホームズは立ち止まり、虚空を眺めるような目とともにつぶやいた。「モリアーティ殺害の嫌疑をかけられるのは免れない。よく考えてみたんだがね、僕は彼に対し殺意を抱いていた。それ以外に方法がなかったとはいえ、法を超越した判断だ。自分の死を覚悟していたことが免罪になるわけではない」

「だから有罪を受け入れるというのか?」

「どうなるかはわからない。しかし自分の身を裁判に委ねようと思う。以前にも青いガーネットを盗んだ男を自分の判断で見逃したが、責任はついてまわる」

 

ダウンベンゼーのほとりで、唯一無二の友人に語った言葉を思い出す。ワトソン、僕のすべての人生は無駄ではなかった。今ならそう断言できる。もし僕の経歴が今夜限りだとしても、僕は安らかな気持ちでいられる。ロンドンの大気は、僕という存在により浄化された。千を越える事件で、僕は自分の技能を悪しき方向へと用いたことはないと自覚して。君の回顧録は、僕がヨーロッパで最悪にして最強の男を逮捕もしくは滅亡させ、人生の頂点を極める日で終わるだろう、ワトソン。

モリアーティという巨悪の存在を知った時、打倒しなければ生きている意味はない、そこまでの覚悟を決めた。己の人生の価値は全てそこにかかっている。そう信じた。ロンドンを苦しめる犯罪の根源を絶つ。何のために生を受けたかと問われた時、明確な答えがそこにあった。

今の伊藤も同じ思いなのだろう。受容できない運命に身を任せてまで生きながらえたくはない。そんな強い意志と信念を感じる。だが……

 

―――「外国人と見れば殺したがる野蛮な猿め。俺を殺してみろ!」

「黙れ!」伊藤が一喝した。「日本は法治国家だ。いま貴様を打倒したのは攘夷のためではない。貴様が人種にかかわらず道に背いたからだ。よって法の下に裁かれる。私たちは野蛮な猿などではない!」

 

日本を法治国家にする、伊藤はそう決意していた。理由が今になってようやくわかった。彼はイギリス王室に対し、ホームズのため嘆願書を送るつもりでいた。法を超えた処置を願い出るなら、何より法への深い理解を有する国家だと示さねばならない。伊藤の揺るがない信念はホームズのためだった。

 

 

 

シャーロック・ホームズの二次創作・史実上の人物とのコラボ作品を 全て網羅してなどいないけど

明治政府・伊藤博文とのコラボは 今作が初めてじゃないかと思われる

宿敵・モリアーティ教授を推理ではなく私刑で倒してしまった後悔と 法治国家として認められようとしている明治日本

互いに自分たちだけでは解決できなかった問題が 混じり重なり合うことで一挙に解決される

推理力は抜群だけど人間性については曖昧なホームズ 全くの異郷の地ゆえにもソレが試されざるを得ない

近寄りがたくて薄情そうな印象をもってしまったけど 真っ直ぐすぎるほどの情熱があるとの人物描写

スケール感も二次創作としてのエミュレートも 「アッパレ、忘れん!」な作品

 

 

作品内容とは全く関係ないけど 「法治国家」について

「法律を遵守」するのが文明国家で できないのは野蛮だとの極端な二分化

ずっとそうじゃないかと思っていて そのように教えられても来た

でもよくよく考えてみたらおかしな事だった 現在ではいくつも反証事例が発生もしている

そもそも法律は道徳や倫理観から編み出されたもの そしてそれらも各地・各々の生活から生まれたもの

ゆえにどうしても 「世界共通の法律」なんて代物は自然には発生しない

人為的に作り出し 世界最強の暴力をもって強制するしかない

「法律を遵守する」とは 「(当時の)欧米各国の法律に従うことができている」でしかない

現状の力関係では従わざるをえない と妥協しているのならともかく

崇拝しているかごとく盲信しているのは どうにも違和感が拭えなかった

当時の日本(幕末江戸時代)であっても 明文化されこそしてないけど社会をまとめてる暗黙知があった

というかわざわざ明文化する必要もなく 自然と生活の一部として受け入れていた

それが社会を平和にし発展までしていた その事実が全く無視されていた

攘夷思想」はその平穏を乱すのが外的以外に無いからこそであり その時の確信はどこにいってしまったのか?

歴史の授業で教えられてきた 江戸時代と明治維新

その真相が本当に教えられてきた通りならば 第二次世界大戦時でみせた途轍もない「愛国心」はどこから出てきたのか?

 

たった160年ほど前 されど現代ではもう当時を生きてきた人間はいない

本当はいったい何が起きたのか? そもそもどんな状況だったのか?

シャーロック・ホームズあるいは名前違いの名探偵が 世界中で名推理を披露し続けてきたことも……ありえてたのかも

_