序論
「相手の話に割り込まない」「相手の話を奪わない」
コミュニケーションのNG行動を調べたことがあるポンコツ人(ポコンチュ)なら一度は見たことがある文言だと思う。
当然の流れとして、コミュニケーションが上手くとれないと人は自分の周囲から離れていく。しかし、お人好しの優しい人はこんなポンコツの側に居続けてくれる。そうすると優しくて配慮が上手い人しか残らないから、自分が相手の話を奪うといったコミュニケーションのNG行動をしても、周りの優しさのおかげで気づかずに済む。しかし、悪癖というのは気づかない限りドンドン悪化の一途を辿る。そのため、周りの優しさに甘え、相手の話を奪い続けてしまうのだ。一般的に人の話を奪わないというのは常識だろうになぜ、一部のポコンチュは相手の話を奪ってしまうのか、、、。これは、認識に誤りがあるからである。
本論
おそらく、、人生長いこと生きていれば「こいつめっちゃ人の話奪ってくるな」という人に一人ぐらい遭遇したことがあるであろう。だが、相手の話を奪っている人において悪意を持って奪っている人はそんなにいないと思う。(中には悪意を持って嫌がらせとして特定の相手の話を奪い続ける輩もいる)
少なくても私のようにポンコツが故に相手の話を奪ってしまう人は、「「悪意ゼロの話題泥棒」」なのである。
ではなぜポコンチュは「人の話を奪わない」という一般常識を理解しつつ話題を奪取し続けるのだろうか。
そこには、「関連のある話を数珠つなぎに話すことが高度なコミュニケーション技術だと勘違いしている」パターンが存在するのではないかと思う。このパターンはあくまで私の一例だが、私には間が怖いという感覚があり、また上手なコミュニケーションというのは間がないほど盛り上がっている状態を指すものだという思い込みがあった。そのため、相手の話すターンのときに相手が一息つこうものなら、間髪入れてはならぬとそこに自分の話をぶっ込んでしまうのだ。そして、相手がしていた話に関連のあることなら相手の話を奪ったのではなく、相手の話に共感し会話を盛り上げているつもりになっているのである。全く関係のないはなしをしたのであれば確かに相手の話を遮っていると明確に分かるのだが、一応関連の話をしているため、相手の会話のターンを奪っているという事実に気づけず、なんなら善意で相手の話に関連している、自分の考えや自分の知識をツラツラと話し出してしまうのだ。
そのため、悪意がないのにも関わらず、そして、相手の話に割り込むのは悪手であるという事実を理解しているにも関わらず相手の話を奪ってしまうのだ。
結論
つまり、
「相手の話を奪う」という定義を誤解しているのである。
私が思っていた相手の話を奪うの定義は、相手がまだ話している言葉の途中で、割って入るようなことをすること。
しかし、実際には相手の話のターンが終わったかどうかも分からない状態で、「○○さんは?」と話を振られたわけでもないのに、相づちではなく、勝手に自分のターンを開始することも相手の話を奪うということだったのだ!!!!!!!!!
私はこのことに成人してまでも気づかなかった、、、まさにポンコツ極みであるが、、まあ、私がポンコツである我がアイデンティティーの証明ということでそりゃそうかという感じである。
きっとこんな感じでこれからも私がポンコツたるゆえんのようなものに唐突に気づくことがあると思う。そう思うと、ポンコツじゃない人ってそれだけで人としての能力が高すぎてうらやましい限りである。