僕は靖国神社にも参拝に行きます。

終戦記念日は暑いし、人も多いので、涼しくなって人も少ない時期に行きます。

遊就館に行くと、戦時中を知るのに様々な資料が展示されています。

僕が関心を持って見るのは、戦争の事実検証ではなく、
その時代に生きた人たちの生き様、感情です。

現在の日本のように、物が溢れているわけでもなく、将来を考える自由もなく、
そして「死」というものが常に身近にあった時代で、
自分と同世代の人たちがどういう思いで生きたのか。
何の為に死んでいったのか。

宗教と違って、明らかに実在した先祖の生きた証を見て、
現代を生きる自分を見つめ直す事は大切に思えるのです。

そして、最後に靖国で今も眠る、日本の先祖たちにお参りをして帰ります。

日本人として当たり前の事です。

日本は戦後半世紀以上経った今でも、敗戦国だからという事で、
周辺国から、こんな当たり前の事にすら口を挟まれます。

先祖の墓参りにまで文句を言われます。
子供の教育の仕方にまで口を挟まれます。

こんな鬱陶しい状態でキレないのは日本人くらいです。
ちなみに僕が直接言われたら間違いなくキレます。


人類の歴史は昔を遡れば、世界の常識だって色々な事がありました。

未知の大陸に上陸した人たちが、原住民を殺し、追い出し、国を建国しました。
文明の発達した国が、途上の国を侵略して植民地にしました。
世界中が一斉に戦争をしなければならなかった時代もありました。

そんな時代を経て、現在があります。
戦争に関しては未だに、どこかしらの国で行われています。


僕にとって大事なのは、自分が生まれてもいない過去に何があったのかなんていう事実検証や議論などではなく、
現在、自分が何を考え、未来をどう生きるかです。

過去に何があろうと、日本人として日本の先祖を敬って何が悪いのでしょうか?
それを周辺国にとやかく言われる理由は何なのでしょうか?
戦争に負けたから? 

いや、僕は負けてないです。


「正しい歴史認識」がどうたらとよく言われます。

「認識」というのは個人の解釈の問題です。事実検証とは別の事です。
原爆を落としたアメリカと、落とされた日本の認識が同じであるわけがありません。
それはどんな力技を使っても無理なものは無理です。

大切なのは、現在何を思い、これからどうしていくかです。

他の国から、言っている本人すら生まれてない、よくわかってないような文句を言われて、
黙って下を向いていても仕方ありません。

過去に何があろうと、今は今。
我々は日本人として胸を張って生きています。

それが何か?

と毅然としていれば良いのです。




まだ続く。