一時期、プロテスタント教会に流行った歌。「君は~」と人々に語りかけてるから、神を讃える賛美歌ではない、キリスト教風自己啓発メッセージソングだ。なんでこんな気持ち悪い歌が流行ったのか、しかも未だに歌う教会があるのか理解に苦しむ。人が人に向けて唄う歌のいったいどこが賛美歌なのか。
ともかく、「ありの~ままの~」が流行るずっと前からキリスト教では自己肯定感アップキャンペーンが行われていて、聖書から語られる話も、そんな話が多かった。「みんなちがってみんないい」とか「ありのままの自分を生きるのよ」をキリスト教テイストで語っただけの自己啓発セミナーを説教と呼んでいた。挙句の果てに、神は全ての人を救う、いやもう救ってるとまで言い出した。
確かに聖書は神に造られた存在の祝福を語っているが、だからと言って罪や責任を抜きにして、上記のような甘い言葉ばかりを語っていない。裁きや滅びを語っているし、イエスは一度もありのままのあなたが素晴らしいとか、君は愛されるために生まれたなどとただの一度も語っていない。むしろ弟子たちの過ちを常に正し、悔い改めへ導く厳しい言葉が圧倒的に多い。
そんなイエスをスイートデコレーションした甘い言葉を教会が紡ぎ続けた結果、
自身や教会、国家の罪や歴史に向き合う力をもたないクリスチャンを大量に生み出す結果になった。
そんな戦後70年のゆとりクリスチャンの成れの果てが「日本を愛するキリスト者の会」を生み出したわけで。これは当該団体を非難したところでどうしようもなく、むしろ未だに、君は愛されるために生まれただのと宣うゆとりソングを野放しにしている教会が猛省して、再出発するしかない。
