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新しき世界へ

私たちは母なる地球の元に生かされて存在しています。
宇宙、自然、生命から「調和」「秩序」「法則」を学ぼう。

     悲しみ


暗い根のなかではまだ名前もなく

わたしは 透明に震えるだけの存在でした

人々の心の大地で実を結び 最初の花を咲かせたとき

わたしは静かにあこがれる感情となり

いっさいの情念を浮かべてやすらう泉のようでした


けれども 喪失や断念や別離との出会いのとき

わたしはなんと波立ったことでしょう

ほかのあらゆる感情を 小舟のように

なんと容赦もなく溺れさせたことでしょう

人々はついに支えきれず わたしを涙のなかに追放し

それに呼び名を与えたのです「悲しみ」と


ああ わたしはすべての命の母胎であり

生きものの存在の 最後の理由ではないでしょうか

神に対するものではないでしょうか

なぜなら わたしはよろこびに通じる唯一の道であり

よろこびこそが 最も大いなる生だからです


                       石橋千濤詩集より転載

地球自体が生きていて人間はその細胞のようなものだ。


地球にとって今の人間はがん細胞なんだよ。


今、政府が高江で行われていることは、地球や沖縄県民に対する暴力行為そのもの。


そのことに無関心な日本国民であるならば、地球や人々の痛みが分からない日本国民であるならば、自らが体験として学ぶことになるだろう。

身障者や老人のように、なんの生産性を持たない人は社会のお荷物なんだという風潮がマスコミにより作られているけど、人々は利便性だけを追い求め目に見えないものの価値が分からなくなっている。


身障者やその縁にある人々は魂の学び、人間力、共感力など、本当に大切なものは何かを体験を通じて学んでいるのだ。


今の社会ほど、生命への畏敬が失われている時代はない。


地球や自然に対して、人々は一体であり生かされているんだという想い。

他の生命に対する敬意や愛が完全に失われている。



     正しい力は


正しい力は困難なことを欲するものだ

その用途が安易なとき 力はどこかに不要な痛みを蓄える

それがいつか時満ちて利息とともに帰ってきても

心はそれを災難と呼び 頭はそれを偶然と考える


もしも力が公平という意思を知らなかったら

力の量の大きなものは ますます大きくなるだろう

最も大きなひとつの星が他の星々をひっつかみ

宇宙は一塊の巨熱となり 炎となって果てるだろう


災害と呼ばれるもののすべては 起こるべきして起こるもの

その因がわれわれにある場合でも それとは認知できないだけだ


偶然という幽霊は 知らないことを知らない強さのための保育者となる

それはただ 偶然と思えた心が偶然であるだけなのに ー


見るがいい 災難を刻印されてこの世に生まれ

号泣として育たなければならない数多くの身障者やその縁に在るひとたちを ー

このひとたちは 知らないことを知らないままでいることを許されず

偶然を生涯の敵として 魂の中央に擁している

もしも偶然を肯定すれば 純粋な不運という存在も是認され

このひとたちは最初から健康に否定されたものとなり

やがては自己の否定から さらに世界の否定へと追いやられることだろう

だからそうあってはならないために 独房から這いだして

幽霊の足あとを追いつづけ

憎むべきその正体を 白日のただなかへさらすことに生きている これらのひとの その生きざまを見るがいい


謎が謎と呼ばれるためには それを解こうとする力を必要とはしないだろうか

ひとつの不足が存在すれば どこかにその充足は待っている


力学の在りようとはこうしたものだ

そしてわれわれが たとえどのような力に生きるとしても

ほんとうに生きた力は すべて当価値であるだろう

ならば或るとき災難に遭い 当惑してもあわてるにはおよばない

それは新しい生への招待 われわれの脱皮の時を告知する必然の力でもあるからだ


                      石橋千濤詩集より再掲




こんなに分かりやすく、棄民政策、奴隷化政策が行なわれているのに、どうして自民、公明に票が集まるんだろう。


自分たちがよければ、子供たちの未来を奪い、多くの人びとが苦しんでいても関係ないのか。


今の日本はシオン議定書に書かれているそのまま。


多くの日本人は目先の利害関係しか関心のない、自ら思考することができないゴイム(家畜)そのものだ。

今の社会はお金がなければ、人が生きていくのに必要な衣食住さえ得ることができない社会になっている。


人々は意識していないかもしれないが、お金がなくなったらどうしようという潜在的な不安を常に抱えて生きている。


人よりもお金の方が価値があり、人はお金を得るための道具にしか過ぎない社会構造になってしまっているのだ。


例えば良心的な医者がいて、すべての患者を健康体にしてしまう医者は収入を得る機会を失う。


例えば患者を生かさず殺さず、薬漬け、入院、通院で患者を病院に依存させるようにする悪徳医者ほど儲かり豊かになる。


例えば人類にとって、百害あって一利もない原発製造、稼働、武器製造、ワクチンなどに関わる人々も、予算をとってしまえばそのものたちは金持ちになる。


なぜそのようなことに、なってしまうのだろうか。


私たちの生活基盤がお金によって成り立っているので、お金を払ってくれる人間に従わざるを得ないし、人々や社会に奉仕、貢献するというよりも自分たちの利益優先になってしまっているからだ。


私たちは、良心的な人ほど貧乏になり、人々を苦しめ虐げるエネルギー泥棒ほど豊かになるという社会構造を変えていく必要があるだろう。


そのためにはお金に人々の生活や行動を縛られてしまうほどの力を与えない。


人々、人間こそが価値があるのであって、お金はその為の道具にしか過ぎないという当たり前の原理原則に戻る必要がある。

お金のあるなしに関係なく、全ての人が人として無条件に生きる権利を保証されなければならない。


国は、全ての国民の生きる権利、衣食住を保証しなければならない。


国とは何か、そこに住む人々国民の集合体をさしている。


本来ならば、国民の生活と安全を守るために、国が存在していると言えるのだ。


しかし今、国という名のもとに隠れている権力者たちはそれを許さないだろう。


なぜなら全ての国民の生活が保証されれば、国民に精神の自由、行動の自由が生まれ、国民を支配することができなくなるからだ。


原発や武器製造がやめられないのも、それを基盤として生活をしている人がいるからだ。


全ての国民の生命、生活が保証されていれば、全ての原発の廃止も、軍事費、防衛費の予算すべてを日本の文化、芸術、技術を世界中に広めるための友好費に使うことも可能だと思っている。


日本の自衛隊は世界中で災害が起きた時のレスキュー隊となる。

すなわち軍隊や武器で国を守るのではなく、世界中に敵を作らず貢献して、徳でもって守らずして守る。


今のように何をしても儲けた者勝、自殺者続出の経済戦争ではなく、人類に奉仕、貢献すればするほど豊かになるという愛の経済に移行することも可能となる。


そのためには国が全ての国民の生きる権利、衣食住を保証するという単純なことをどうしても実現する必要があるのだ。


残念なことに今は逆さまになっていて、国という名のもとに国民の棄民政策、奴隷化政策が着々と進んでいる。


権力者は語る、「国民の生活が大事なんて政治は間違っているんです。」

「国民の一人一人、皆さん方一人一人が自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには血を流す覚悟をしなければならないのです」


彼らの言う国とは,権力者たちと彼らを守る社会構造システムのことである。今はまだ目に見える形になっていないかもしれないが、秘密保護法、安保法案、憲法改正と着々と国民の支配の網が広がってきている。


幸いなことに、今の日本には、山本太郎や三宅洋平のような新しい時代精神を創っていける人材も育ってきている。


若者たちよ、今の大人たちの腐った社会構造のなかで埋没するのではなく、新しい価値基準、新しい行動原理で世界を変えていってほしい。