身障者や老人のように、なんの生産性を持たない人は社会のお荷物なんだという風潮がマスコミにより作られているけど、人々は利便性だけを追い求め目に見えないものの価値が分からなくなっている。
身障者やその縁にある人々は魂の学び、人間力、共感力など、本当に大切なものは何かを体験を通じて学んでいるのだ。
今の社会ほど、生命への畏敬が失われている時代はない。
地球や自然に対して、人々は一体であり生かされているんだという想い。
他の生命に対する敬意や愛が完全に失われている。
正しい力は
正しい力は困難なことを欲するものだ
その用途が安易なとき 力はどこかに不要な痛みを蓄える
それがいつか時満ちて利息とともに帰ってきても
心はそれを災難と呼び 頭はそれを偶然と考える
もしも力が公平という意思を知らなかったら
力の量の大きなものは ますます大きくなるだろう
最も大きなひとつの星が他の星々をひっつかみ
宇宙は一塊の巨熱となり 炎となって果てるだろう
災害と呼ばれるもののすべては 起こるべきして起こるもの
その因がわれわれにある場合でも それとは認知できないだけだ
偶然という幽霊は 知らないことを知らない強さのための保育者となる
それはただ 偶然と思えた心が偶然であるだけなのに ー
見るがいい 災難を刻印されてこの世に生まれ
号泣として育たなければならない数多くの身障者やその縁に在るひとたちを ー
このひとたちは 知らないことを知らないままでいることを許されず
偶然を生涯の敵として 魂の中央に擁している
もしも偶然を肯定すれば 純粋な不運という存在も是認され
このひとたちは最初から健康に否定されたものとなり
やがては自己の否定から さらに世界の否定へと追いやられることだろう
だからそうあってはならないために 独房から這いだして
幽霊の足あとを追いつづけ
憎むべきその正体を 白日のただなかへさらすことに生きている これらのひとの その生きざまを見るがいい
謎が謎と呼ばれるためには それを解こうとする力を必要とはしないだろうか
ひとつの不足が存在すれば どこかにその充足は待っている
力学の在りようとはこうしたものだ
そしてわれわれが たとえどのような力に生きるとしても
ほんとうに生きた力は すべて当価値であるだろう
ならば或るとき災難に遭い 当惑してもあわてるにはおよばない
それは新しい生への招待 われわれの脱皮の時を告知する必然の力でもあるからだ
石橋千濤詩集より再掲