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新しき世界へ

私たちは母なる地球の元に生かされて存在しています。
宇宙、自然、生命から「調和」「秩序」「法則」を学ぼう。

昔の人々は誰も見ていなくても、お天道様はすべてをお見通しだとよく語っていた。

子供たちはそれを聞いて育っていたのだ。


人々は天に通じて生きていたので、お天道様に恥じないようにと自分の行為行動に責任と自覚を持って生きていた。

それが日本人、大和の民だったのだ。


お天道様とは髪の毛一本、木の葉一枚見落とすことはないすべてを見通す神の眼のことである。


人々皆仏性有り、一切衆生悉有仏性とは万物を見通す神の眼が全ての人々に内在しているという意味である。


人の思いや行動の全ては、神の眼により魂の閻魔帳に刻み込まれている。


昔の人々はそのことを知っていたので魂を穢す行い(人々を騙したり苦しめたり、盗み、等々)は自己の核となる存在理由を貶めることであり死ぬことよりも忌み嫌うことだったのだ。

「この世界を見て欲しい。すべてが逆行しており、すべてがあべこべにできている。

医師が健康を、法律家が正義を、精神科医が心を、科学者が真実を、メディアが情報を、宗教が精神性を、政府が自由を、破壊している」

                              ミカエル・エリナー                       

                           

これは本当である。

さらに言えば教育が人間性を破壊しているといえるだろう。

なぜこのようになってしまうのだろうか。

 

この世界の構造そのものが人々のためにあるのではなく権力構造を維持するため、人々を奴隷状態にするためにあるからだ。

 

根本の人間の価値基準、行動基準が間違っているために、この世界はどの分野においても人間を貶める悪意に染まってしまっている。

 

まじめに働き奉仕をして社会を支えている人々が貧乏で、社会に何の貢献もないむしろ害になっているだけのエネルギーどろぼう、人々を奴隷状態に貢献するほど金持ちで豊かになっている。

 

高給取りの代表が、NHK、東電、政治家、公務員だそうだ。


私たちは教育という名の洗脳プログラムによって、六歳から十八歳という人間にとって物事を吸収できる一番大切な時期に、教室という名の牢獄で授業という名の拷問を受け続けてきたのだ。


 多様な個性を持った生命体である人間を均一に扱い教室に閉じ込めて、多くの子供たちにとって興味も関心もないであろう知識を詰め込むだけの退屈な授業を長時間受けさせる。

しかも十数年という長期間にわたって。


 みんなそれが当たり前だと思っているから何の疑問も持たないけれど客観的に見れば幼い命への虐待であり心の暴力である。

そして人間にとって本当に大切なもの、そのひとの個性(自分は何をしていると楽しいのか)の探求や心の豊かさの価値、創造性、独創性、多様性、自分で考える力、などが学ぶ機会が与えられなかったのだ。


 そこから生まれてくるものは知識はあっても知恵がない、創造性や独創性、考える力を失ってしまった人間たちである。

心の豊かさの価値を学ぶことなく、目先の利害関係しか関心のない均一的な人々が大量生産されているのだ。


 これは支配者たちにとって都合のよい状況であり、人々の心から良心というものが育たずにお金でコントロールできる人々が大量生産されたということだ。


 地球環境や人々の生命を犠牲にしてでも、自分たちがよければそれでよいと考える人々。

目先のことしか関心がなくて、マスコミの情報に簡単に操られてしまう多くの人々。

このままでは人類は滅びるぞ。

私は和多志  


 

和の志を持った人々はみんな和多志   

今の日本は、ほぼ全ての分野において金と権力の亡者たちに乗っ取られ腐りきった状態にある。                                


 彼らは人々の生命よりも、金や権力を得ることのほうが価値があると意志、意図した者たちである。                             


 意志、意図こそが誰にも奪うことができない人間の尊厳、根っこであり大事なものであるということが分かるだろう。                      


 この腐敗した世界を変えるためには、金と権力の亡者たちの逆を生きなければならない。


 自分の命を捧げても、この世界を良くしていきたいと意志、意図する人々、ちっぽけな個我を生きるのではなく世界そのものが私である

そのように考える者たちが数多く輩出する必要がある。


 日本から救世主が現れるという言葉があるが、救世主という個人が人々を導いてゆくと考えてはならない。


 われわれ一人一人が内なる神性を掘り起こしていかねばならない。