枇杷は甘いかスッパイか

枇杷は甘いかスッパイか

遠く離れた地に住む母。その介護の喜怒哀楽。

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アサコの記憶が退行していくため、アサコが子供だった頃のこと、アサコの両親や姉弟のことを、アサコはいっぱいヨシトに話す。
アサコの父ウマタロ、母マシは、ヨシトやタツオにとって祖父母になるわけだが、ヨシトの記憶に残るウマタロとマシは、とても優しいじいちゃん、ばあちゃんだった。
しかしまあ、祖父母は優しいが、親は厳しいというのはごく一般的な話だ。
 
ウマタロとマシは、結婚した時は中国大陸の旅順に住んでいた。
マシはお嬢様として嫁に来たらしい。
 
ウマタロは少し学問があったらしい。
戦前のその時代の人としては、文字を書けたりもした。
兵隊に行ったので、恩給をもらえていたらしく、戦前は働かなかった。
しかし、戦争が終わって恩給をもらえなくなっても働かなかったようだ。
 
アサコは9人姉弟の四女。
姉弟の中ではキョウコおばさん(三女)がいちばん叩かれたらしい。
体を動かさない割に口答えが多かったからなのだそうだ。
その上の長女ヒサエと次女チサトは、早くから働きに出ていたので、あまり叩かれなかった、
というのはアサコの記憶。
さすがに小さい頃のことはよく覚えている。
 
ヒサエおばさんが結婚して、しばらくは故郷島に住んでいた。
ヒサエおばさんがウマタロに口答えをした時は、ミノルおじさん(ヒサエの夫)が叩かれるのを止めていたらしい。
ミノルおじさんは素晴らしい。
戦中から戦後にかけてのことだから、親に逆らうことはとても難しい時代だったはずだ。
そしてしばらくして、福江島に引っ越したらしい。
 
アサコは、自分の父親であるウマタロを嫌いだったようだ。
アサコ曰く、
「あのじいさんは自分の気に入らないことがあったり自分の思い通りにならないと、しょっちゅう怒った。」
だそうな。
よく、叩かれたり、つねられたり、縛られたりしたそうだ。
 
 
マシがよく嫁に来たものだ、とアサコは感心している。
しかし、
「マシが嫁に来なかったら、アサコは産まれていない。」
と言ったら、アサコは納得していた。
 
2019年末、施設より戻ってきたアサコを介助するヨシトとタツオ