みかんの最後2話ぐらいの流れ。台詞サンプルが入ってしまっているのは一部新稿が入っているから。読みにくくてすまぬ。

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 帰りしな、山崎は古橋に携帯電話を入れる。「傷心旅行はどないや」と尋ねる古橋に、山崎は相談をもちかける。

 翌日、信用金庫に冴子と経営計画書を携えて訪れた山崎は、七年前に担保設定されたままのみかん畑に、新しい県道が建設され、担保価値が上がっていることを説明する。高木が三百万円までの借り換えに応じるというと、残る千二百万円は私がお返ししますと高木に告げる。驚いて山崎をみやる高木と冴子。

 蝉がせわしなく鳴く帰り道を、山崎と自転車を押す冴子がみかんの花を見ながら来週の夏祭りの会話。亜季が快方に向かっていて、夏祭りに間に合うといいねと言う冴子に、私には亜季の気持ちがよく分かるという山崎。

 一週間後、お盆の夏祭りが明後日に迫る中、山崎は柴原邸に古橋を招き入れる。
 退院したばかりの亜季だったが、心労が取れたせいか、顔には生気が戻っていた。
 柊とほのか、小出は、渡された書類を難しい顔で読んでいる。その紙を、興味津々といった表情で、冴子と実紅が覗き込む。実紅は「すごーい」とか嬌声を上げている。
 お盆中にも関わらず、ご足労頂いてすみません、という亜季に対し、「山崎はこういう性格だから、つらいとか何とか一切相談しない男だったが、こういう形で協力できるのは友人として本当に嬉しい」と古橋は亜季に語る。
 古橋が同僚時代、ヘマを山崎に押し付けたが、恨みがましいことも言わない山崎だからこそ、会社が別になってもまだ関係が続いていると話す。山崎は、ずり落ちる眼鏡を直しながら、黙ってその話を聞いている。

 そこへ、来客を告げるベルが鳴る。実紅が玄関口に出ると、高木が来たという。
 居間が一気に張り詰める。古橋と冴子、実紅が別室に退くと、少し酒に酔ったらしい高木が、大きな声で山崎を詰る。「この男はな、日本ベル産業の、会社の金を、使い込んでクビになった男なんだ」。高木は、日本ベル産業本社で山崎が経理を担当していた時に、十二億円の資金を会社に無断で使い込んだ咎で子会社送りにされ、会社の温情で解雇ではなく自己都合退職扱いにしてもらった犯罪者であるとまくし立てる。まるで亜季が山崎に騙されていると言わんばかりの高木の口調。

 山崎は特に抗弁するでもなく黙って聞いている。一通り、高木が言い終わると、山崎は「おおむね、今のお話に間違いはありません」とぼそっと言う。今すぐ、即刻この家から出て行けと喚く高木の声にたまりかねて、別室から古橋が顔を出す。
「あんさん、ものには言いようっちゅうもんがあるのと違いますか」古橋は極力穏やかにものを言うと、怪訝な表情をする高木に「申し遅れました、私、五洋食品の古橋言います」と名刺を差し出す。

「山崎さん、ええ人やからようものは言いませんけどな、別に山崎さんは勝手に会社の金つこうて懐入れたのとは違いまっせ」古橋は、まるで昔日を懐かしむように事情を語る。「会社は誰のもんや。むろん、教科書には株主のもんやと書いてある。せやけど勘違いしてもろたら困りまっせ。精魂込めてお客様に奉仕し、誰よりも会社のためを思って働いてきましてん。私らの会社は家族なんや。家族そのものなんや。会社興しはった松本さんは何より社員のために働いてくれはった。そら会社は潰れてしもたけど、ほかの会社に勤めても、たとえどこに住んでおっても、松本さんの言うたことは、いつまでも心の中に残っておりますのや」

 会社の退職者年金を一方的に取りやめる会社の方針があまりにも性急だったため、一時貸与という形で十二億円を企業年金として、経理担当だった山崎が仮払いしたに過ぎないことを、古橋は説明する。しかし、年金の運用が思うようにいかない年金基金側の返済が滞り、会社の都合で山崎に責任をかぶせ、子会社に押し出したのだった。

「高木さん、お気持ちは分かりますけどな、地位や権力で人にいうことを聞かそうという根性はよう考え直さんとあきまへんで」古橋は諭すように語る。「こっちで悪口言い回るのも厳禁や。山崎さんがここにおる以上、うちらにとっては家族も同然。うちもうちなりに対処さしてもらいますから」
 古橋はそう言い放つと、懐から煙草の箱を取り出す。それを見咎めた実紅が、外で吸って!とたしなめると、柊がぷっと笑い出す。つられて冴子が、実紅が、笑いはじめる。見詰め合う高木と山崎を背に、笑い転げる声が柴崎家にこだました。

 夏祭りの準備をするために、その夜山崎は柊らとともに寄り合いに参加する。
 「亜季ちゃんの快気祝い」と盛り上がる。

 夏祭り当日、毎年これが本当に楽しみと語る冴子と二人で夜店回りをする山崎。
 二人は、途中で買った綿菓子をかじりながら、ゆっくりと歩く。
 夜店のはじっこにある風鈴屋の前で、冴子は意を決したように山崎に願う。
 「お父さんと呼んでいいですか」「亜季さんの居場所は、私が護ります」

 その後、山崎と亜季は結婚し、亜季が経営していた店は、県道沿いの土地を利用してオープンした五洋食品系の大規模スーパーへと改装された。山崎姓へと変えようとした亜季だったが、山崎は柴原のままがいい、と思って、そう奨めた。

 山崎は亜季に、再婚するにあたって、一度一家で山口の親御さんのところに挨拶に行きたいと伝えた。渋る亜季だったが、身寄りのない山崎にとっては、肉親の情というものに応えるのに先も後もない、普通に話し合えば良い暖かい存在なのだと説得した。一家にとって、ちょっとしたハネムーンとなった。

 亜季の実家は、山口県有数の地主の名家、志麻家であった。山の中の豪邸に迎えられた一家は、手厚い歓迎を受ける。出迎えた初老の男は、亜季の父親隆信だった。「おや、高木君と再婚するんじゃなかったのかね」と笑うと、亜季はこの通り強情な娘だ、この先いろんなことがあるかも知れないが、といって、結婚を快諾してくれた。
 その夜、寝室で亜季は山崎に亡き夫について話す。誠実で不器用だったけど、あの山をずっとみかんの花で彩りたい、と口癖のように語っていたという。はじめて、山から月夜の海を見晴らした時、山崎は純一がどういう思いであの海を見ていてか、私には分かる気がする、と語る。この山と、風と、海とを、目いっぱい吸い込んだあのみかんを、一人でも多くの人に味わってもらいたいんだ、と。私も、似た思いで、洗濯機やテレビやビデオを作ってきましたから、と山崎がいうと、山崎と亜季は固く抱き合った。

 おい、早くしろ、病院へ亜季ちゃんの見舞いにいくぞ、と冴子を急かす柊。冴子はちょうど河野と共に、大阪の大学に入学した実紅からのメールを読んでいた。実紅は今春大学に入学し、山崎の持っていた奈良のマンションから通っていた。明日には帰ってくるという実紅からのメールを知った柊は、河野にもっと頑張らないと向こうで実紅が男を見つけてしまうぞ、とからかう。
 その柊を、ほのかがつねる。あなたも頑張らないといけない身でしょ、とほのかが嗜めると、顔を歪めた柊が照れ笑いをする。「山ちゃんに先を越されちまったなあ」

 一足先に、病院の廊下のベンチで座っていた山崎は、二年前、同じように解雇された直後に駅のベンチで座っていたことをぼんやり思い出していた。
 小太りの看護婦が出てきて、しわがれた声で男の子ですよ、と山崎に伝えて、さっさと診療室へ戻っていった。ずっと世間に流されるように生きてきた山崎にとって、はじめて自分がどこかに辿り着き、根を張ったように思えた。
 少しして、タオルにくるまれて泣き叫ぶ我が子を抱きかかえた。
 まるで、夏に咲いたみかんの花のようだった。解雇された時でさえ流れ出なかった涙が、山崎の頬を伝った。

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 本稿はモチーフを変えて別の脚本となり、とある短編ドラマとなって日の目を見たけど全然違ったものになってしまった(こちらが想定していたよりもっと大人しい作品になってしまった)ので悲しかった。