部分的に第二稿以降のが混ざってて、台詞が入ってしまって読みにくいかもしれませんが、一応。

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■ #4~

 翌週、何とか小出家の収穫を終えた山崎を、柊が夏祭りに向けた町内会の寄り合いに誘う。夕方、山崎と冴子を柊が会場になっている邸宅まで送っていく。
 出掛けに、柴原家を訪れた高木と入れ違いになる。山崎を見据える高木。
 柊は来るまで送りながら、高木はいけ好かない地元のボンボンで議員先生になりたいんだってよ、ああいう人間が地元の代表で本当にやっていけるのかね、と毒づきながら説明する。

 宴会達者な柊や小出が場を盛り上げるかわりに、酒の飲めない山崎はうまく溶け込むことができない。別の参加者と柊が連れ小便をしている間に、ある参加者が山崎に酒を勧めるが山崎は飲めない。何のために来たんだという一言で、場が急に静まり返る。そこへ柊が帰ってきて場を取り成し、冴子を小出に託して山崎に帰宅を促す。

 柊に送られて、先に帰宅した山崎を亜季は迎える。山崎は亜季の驚かない様子を見て取る。ポストの中に、山口県立高校の同窓会の招待状が入っていることに山崎は気づく。亜季は同じ蜜柑産地の山口出身で、亡き亭主との結婚を両親に認めてもらえず、駆け落ちに近い形で愛媛に来たこと、それもあり亭主が亡くなっても何故か意地で実家に帰らないことなどを亜季は山崎に語る。

 その晩、何となく眠れなかった山崎は、月夜を散歩に出かける。柴原家周辺をうろうろしていると、少し小高いところに柴原家の墓があるのを見つける。あたりに少し草が生えているのをついむしる山崎。その光景を見かけた冴子が声をかける。冴子にとって、蜜柑畑を望む高みから海に映る月を見ながら日本酒を飲むのが唯一の趣味だった。うまく話を切り出せない山崎に、冴子は日本酒の入ったグラスを傾けながら、必要とされている場所がその人のいるべき場所だと思うと話す。

 翌朝、柊が新聞を持って柴原家に駆け込んでくる。新聞は一面で大企業「日本ベル産業」の倒産を伝えていた。冴子が居間にあるパソコンで調べて、克明に倒産の様子を読み上げる。日都銀行の破綻、日本ベル産業の倒産と先の読めないひどい世間になったものだと嘆く柊は、至極落ち着き払った山崎を不審に思う。
 山崎は経理をやっていたため、かの大企業が抜け出しようのない苦境にいたことを知っていた。山崎は、自分が二十年以上勤めた会社を解雇されたことよりも、自分が働き続けた会社がじきに無くなることを予見して、苦悩していたことを語る。

 柊が問屋へ用事のある冴子を送っていき、亜季と二人きりになった山崎は、自分なりに気持ちに整理がついたこと、しばらくの間お世話になったことを亜季に伝え、柴原家を出ようとする。おし黙っている亜季。玄関前で、ぴおが山崎にすりよる。玄関で背広を着た高木とすれ違う。

 柴原家から駅まで、山崎はゆっくりと歩いて向かう。夕暮れの中、ホームで電車を待っていると、向こうからぴおが吠えながら走ってくる。ホームのところまでぴおが来てしまい、途方にくれる山崎。程なくその日の最終電車がホームに入ってきて車掌から「お客さん、最終だけど、乗るのかね、乗らんのかね」と言われる。このままぴおを置き去りにして電車に乗り込むわけにもいかず、柴原家に戻ろうとする。
 その最中、冴子から携帯電話で亜季が倒れて市内の病院に運ばれたことを告げられ、急ぎ病院へ行く。

 病院の通路でたっている山崎の元に、小出がやってくる。
 冴子は医者の元で病状ほかを聞きにいっていた。ついで、柊とほのか、河野と実紅がやってくる。面会謝絶の亜季を一目見に行こうとする実紅を止める小出と柊。冴子が顔面蒼白で出てくる。劇症脾臓炎でどうなるか分からないと冴子から聞いて取り乱す実紅。

 柊の車で柴原家に戻ってきた山崎は、一足先に帰宅していた冴子の電話を偶然耳にする。税理士との税金の話らしい。山崎は遅い夜食を冴子と二人で取る。

 翌日、実紅が朝学校に行った後、柊が今度山崎に収穫を手伝ってくれと言ってくる。柊がほのかを置いて出かけると、高木ほか背広の男が二人、玄関先に現れ、冴子はいるかと聞いてくる。ほのかが店番をしている冴子を呼びに行き、ほのかが店番を代わる。廊下で山崎が居間にお客さんを通している旨冴子に伝える。奥の部屋へ行こうとする山崎の袖を、冴子がつかむ。

 居間で冴子と山崎の正面に座った高木は、横柄な態度で名刺を差し出す。
 店と取引のある地元の信用金庫の支店長だった。こういう時期にこんなお話をするのは恐縮ですが、とやや嫌味に前置きしつつ、返済が滞っている千五百万円の完済を求める。そんなお金はありませんとうつむく冴子。高木は大変かも知れないが、事業計画を出してもらえないと継続融資には応じられないと告げる。
 山崎は明日回答する旨伝え、高木たちを帰した後冴子に状況を聞く。

 冴子が取り出してきたのは、大きなファイルケース4つに放り込まれた経理書類だった。経理は亜季が管理していたので全く冴子は分からず、一晩かかっても処理できないという。それを聞いた山崎は、ジャケットの懐から電卓を取り出す。

 ファイルケースの中のひとつに、亜季の母親からと思われる手紙が何通か入っているのに気がつく。思わず目を通す山崎。
「亜季。あなたがこの家を出て行ってからもう二十年、あなたは一回も家に帰ることもなければ、孫の顔を親に見せることもありませんでしたね。本当にひどい子に育ててしまったと思い、後悔しています。今さら帰って来いとも言えないけれど、せめて声ぐらいは聞かせなさい。強情なのはわたしに似たのかも知れないとしても、お父さんは黙って何も言わずあなたからの電話を待っています」

 領収書や納品書をひとつひとつ見ながら、凄い勢いで書類の束を整理していく山崎を見て、呆然とする冴子。ものの四十分で整理した山崎は、冴子にパソコンを借りていいかと尋ねる。

 一心不乱にバランスシート、損益計算書を作成する山崎。冴子はおずおずと山崎にお茶を煎れましょうかと尋ねるが、山崎の耳には入らない。しばしの間があって、山崎はキーボードを打つ手を止めて振り返り、冴子に謝罪する。
 「私が、もう少し早くお話を聞いていれば、こんなことにならなかったのかもしれません」というと、また山崎はキーボードを叩き始める。
 声を出さないように口を押さえて、涙ぐむ冴子。

 ほのかが店を母に代わってもらい、昼食を作りに部屋に戻ってくる。冴子と二人で昼食を作る。
 山崎はプリントアウトされたバランスシートと去年の決算書を見ながら、昼食をとる。信金によって担保設定されている、休耕中のみかん畑に目をとめ、冴子に地図を貸してもらえるよう求める。山崎は、実際の場所を見たいという。

 柊が山崎に休耕中のみかん畑を案内する。「山ちゃんもみかんを栽培したくなったんじゃねえのか」という柊の軽口を小さいあいずちで返して、畑に面した県道をしばらく柊に運転してもらえるよう頼む。

 その県道を階下に見晴るかす三階の病室の窓から、半身を起こした亜季はぼんやりと外を眺めていた。
 高木は、ベッドそばの椅子に座って、黙って亜季を眺めている。無限に続く静寂。「そろそろ、お返事を聞かせてくれませんか」高木が沈黙を破って、亜季に問いかける。ベッドサイドのテーブルの上には、結婚指輪がふたつ、箱の中に納められている。「私に任せてくれれば、店も綺麗になるし、みかん畑なんか売り払って、実紅さんも大学に入れられる。亜季さんに苦労はさせません、純一も・・・」

「亡夫のことは言わないで」亜季は鋭くいうが、高木は亜季に詰め寄り、布団の上に置かれた亜季の左手を握る。「何も心配することはないんだ。何も」高木は、亜季の右肩を抱き寄せると、じっと亜季を見詰めるが、亜季は窓の外に眼をやったまま離さない。廊下では、開いている病室のドアの横に冴子が手に果物を抱えたまま、中の様子を伺っている。廊下で立ち尽くしている冴子を背後から認めた制服姿の実紅が、向こうから「お姉ちゃん!」と呼びかける。娘たちの存在に気づいた亜季は高木の手から逃れようとするが、高木は放さない。冴子と実紅が病室に入ってくるが、実紅は驚きの表情で二人を見やる。

 山崎は、みかん畑を視察した足で、そのまま亜季の見舞いに病院へ向かう。柊は、亜季ちゃんによろしくな、といって、山崎を病院まで送ると自分の畑に去っていった。
 病院の入り口で、高木とその部下にすれ違う。挨拶をする山崎を無視した高木は、すれ違いざまに山崎に一瞥をくれると駐車場へと向かっていった。病室には先に冴子と実紅が来ていた。なぜか実紅は半泣きの表情になっている。病室の入り口で立ち止まる山崎と見詰め合う亜季。不安そうに山崎を見る亜季に、山崎はなんとかなります、と話す。「いえ、なんとかします」