今日の蓮はとっても機嫌がいい
朝からずっとニコニコ、ウキウキと花を飛ばしていて、鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。
まあ、原因は判っているけど・・・・
聞きたくないけど、ずっと隣でこんな状態でいられるのもなあ~・・・と思わず尋ねていた。
「キョーコちゃんと何か、些細でちっぽけな進展でもあったのか?」
恋愛に関しては幸せの基準値のとんでもなく低い親友の事だ。
どうせ、キョーコちゃんといつもよりたくさん会話出来たとか、笑いかけてくれたとか、そんなレベルだろう。
全く、中学生だって今時もう少しマシな恋バナをするっていうのに・・・・
「些細でちっぽけじゃありません!最上さんが今日ウチに来てくれるんです!」
「・・・・・・・・・・えっ!?」
ウチって、蓮の家にキョーコちゃんが!?
先日、蓮が倒れた時に一度行っているけど、あの時の蓮のストーカーっぷりに引いてしまって二度と関わってくれないかも・・・と危惧していたのに!
一応、あの後バイトに行かなければならなかった俺の変わりにキョーコちゃんが看病してくれていたけど、あれは熱があって寝ている蓮なら危険はないだろうとも思っていたからであって・・・・
「それにしても・・・・よく、キョーコちゃんがそんな危険な巣に足を踏み入れる事を了承したな・・・・」
「・・・・・・社さん、さっきから失礼ですね。」
「いや~・・・あ、で?何しにくるんだ?」
誤魔化された気もするが、キョーコとの事を聞かれて蓮は少し気分を上させて答えた。
「最上さんが来月から使う授業の教科書で、俺が持っているものをあげる事になったので、それを取りに来るんです」
「来月から使う教科書?」
「はい、彼女来月からLME学園の短大に通うんですよ?」
言っていませんでしたっけ?という言葉に社は大いに驚いた。
「え!?キョーコちゃんだって・・・ずっと1日中バイトしているだろ?高校生だったのか?」
「いえ、卒業後1年バイトでお金をためて、後は奨学金と特待生待遇で・・・らしいです。」
「はぁ~・・・・自分の力でって事かぁ~・・。でも、なんで?家庭の事情か?」
「さあ?知りません」
「・・・・・・そうなのか?意外だな」
確かに少し突っ込んだ話題だけど、キョーコの事なら何でも調べ上げようとしている蓮だ。
知らないという事よりも、あまり興味が無さそうなその態度が意外だった。
「そうですか?彼女の好きなモノを調べれば喜ばせられますけど、言いいたくない事を言わせれば悲しませるじゃないですか。俺にとっては、彼女が自分の力で目標を達成したという事実で、十分惚れ直しましたし」
しれっと言い切る姿は男らしいと思うけど・・・だが、問題は・・・・
「それ、キョーコちゃんに言ったのか?」
「え?はい。惚れ直したって言いましたよ」
「・・・・・・・・・前半部分を言うべきだったな」
「・・・・・・・・え?」
全く、残念なヤツ。
「最上さん、そのブーケ作ったら上がっていいわよ」
「はい」
店長の麻生さんの言葉に、チラリと時計を見れば敦賀さんが迎えにくる時間まであと少しだった。
まずい、あの人の事だから時間ピッタリにくるわ。
敦賀さんが風邪をひいてから1週間。
もちろん、あの日は泊らずにバイトが終わって駆けつけた社さんにバトンタッチして帰った。
ただ、あの日の翌日もマスクをしてフラフラになりながら朝来た時は眩暈がしたけど・・・・
あの日から、敦賀さんに対する姿勢が私の中で少しだけ変わった。
というよりも、今までは頭ごなしに拒絶していたけど、ちゃんと敦賀さんの相手をするようになった・・というか、見るようになった。
時間にピッタリな事。
赤いバラを私が受け取ると、一瞬安心したような表情をする事
店を出た後、一度必ず振り返る事
そして・・・・・私を見る優しい視線。
気付けば短い間にこんなにも多くの事に気付く。
今までどれだけ無関心だったのか思い知らされた。
相変わらずの口説き文句の嵐には辟易するけど、あの本を見た後ではなんとなく微笑ましくも感じるというか・・・
正直、あれだけのカッコいい人に、あんな視線を向けられれば普通は赤面ものなんだろうけど。
でも・・・私は・・・・・・・・・・・・
「キョーコちゃん、来月からシフト遅めの希望だったわね」
自分の小さな思考に陥っていると、店長に後ろから声をかけられてハッとした。
いけない、仕事中だわ。
「はい、でも授業の開始が9時なので、朝の仕入れ時間は出れますよ」
「助かるわ。でも、授業前だし・・・なるべく入らなくてもいいようにするから。」
「いえ、大丈夫です」
少しでもお金を稼がなきゃ。
教科書とか色々お金かかるって言うし・・・・だから、敦賀さんがかぶっている授業の教科書をくれる事は凄く助かるのよね。
・・・・・・・・まあ、そのために敦賀さんの自宅まで取りに行くのは少し気が重いけど・・・・
『先に既成事実・・・・』
・・・・・・・・防犯ブザー持って行こうかしら・・・・・・
「こんにちは最上さん」
聞きなれた声にビクリと振り返れば、笑顔満面の敦賀さんが立っていて
「あ、敦賀さん・・・もう終わりますので・・・」
「君の為なら何時間でも待つよ」
現に先日何時間も待たれた事実があるだけに洒落にならない。
慌てて、出来あがったブーケをもって、店長の所へ向かった。
「ところで、最上さん。教科書の御礼に御願があるんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんですか?」
敦賀さんの部屋で教科書を確認させてもらって、使えそうなものを頂いて・・・・・御礼を言ったタイミングで言われた言葉・・・・正直狙っていたとしか思えない台詞に、尋ねるのにものすごく嫌な予感がした。
・・・・・・やっぱり防犯ブザー必要だったかしら・・・・
こんな色気の無い女をどうこうする気はないだろうと、思っていたけど・・・・
もう、この人に関しては何をしてもおかしくは無いという気がするわ・・・。
警戒する私に、敦賀さんは安心させるように(その笑顔が一番怪しいのだけど)ニッコリした。
「携帯で君の写真を撮らせて?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「勝手に撮ったら盗撮になるだろ?」
今更何を常識ぶった事を・・・・って、違う!
ヤバイわ!感覚が麻痺しているわ!
「・・・・・・・・・・・・・・あの、そんなもの撮ってどうするんですか?」
「待ち受けにするんだ」
いえ、そんなまばゆい笑顔でキッパリハッキリ言われてもですね・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・他の御願で・・・・」
「じゃあ、君からのキス・・・」
「どうぞ、写真を撮って下さい。ただし1枚だけです」
よく考えれば、写真1枚で済むならお安いものだわ。
このトンデモ男が何かトンデモない事をこれ以上言いだす前に、逃げるに限る。
残念と首をすくめる敦賀さんに、恐らく本気じゃなかったんだと判るけど。
最近思うけど、この人は妙な所で「紳士」なのよね。
そして、完璧なようで、妙な所で子供みたいな人
先日看病した時に、飲料しか入っていなかった冷蔵庫に呆気にとられて、目が覚めてから食事の大切さを懇々と説明したっけ。
こんな事成人した男性に叱る事かしら・・と思ったけど、そんな言葉さえ嬉しそうにこの人は聞いていた。
「じゃあ、写真の御礼に食事をおごるよ。何が食べたい?」
「・・・・・・・・御礼に御礼をしてどうするんですか」
嬉しそうに携帯の操作を完了させた後の提案に、思いっきり脱力した。
この人は全く・・・・
「君と食事が出来るならどんな口実でも使うよ。何がいい?ハンバーグ?オムライス?」
ふと、その二つがあのノートに書かれていたメニューだと思いだした。
確かに、二つとも大好きなメニューだけど・・・・
「・・・・・・どうしてその二つなんですか?」
「え?・・・・・・好きじゃなかった?」
「いえ・・・・でも・・・何で知って・・・」
「ファミレスでバイトしていた時、この二つのメニューだけ嬉しそうにオーダー取っていただろ?」
「・・・・・・・・・・・・・それだけで?」
いや、嘘でしょ?と驚く私に敦賀さんはあっさりと頷いた。
「君の事ならどんな些細な事だって知りたいんだ」
さらりと言われた言葉だけど・・・今までそんな事誰も気づかなかった。
誰もそこまで私を見ていなかったから
私の中で「敦賀蓮」がどんどん形成されていく
だけど、それがどんな色をつけていくのか、私は知りたくなかった。