ずっと「私」探していた。
カラッポだった「私」はどこに行ってしまったんだろうと
ずっと不安だった
「私」は「私」であって、本当はまだ違うんじゃないかって
同じ事を繰り返しているんじゃないかって
でも違った
こんな所にいたんだね
演じた役の中に
演じた役と一瞬に
ずっとずっと一緒に成長していたんだね
私が演じた「貴女」を愛していく度に
「最上キョーコ」はつくられていっていたんだね
ずっと一緒にいたんだね
大丈夫
私はもう大丈夫
私はもうカラッポじゃないよ
一人の人間として、貴方を愛していける
「実は久遠と別れる事を考えていたんです」
突然のカミングアウトに俺は飲みかけたコーヒーを吹き出した
あの後、彼女の演技は緒方監督にOKをもらい、そのまま撮影に入り『椿』の出演シーンを全て撮った
ただ、起用に当たって彼女からの条件の一つはクレジットに名前を出さない事だった
あくまで正式なオファーの上の話では無かったし、全身が写る訳ではないからという理由と、今回は彼女自身の演技の勉強にさせてもらったのでと色々理由をつけていて、社さんは渋ったが結局折れてくれた。
天気が怪しくなってきたので、『椿』のシーンに加え、薔薇園のシーンも全て撮り終えて天気が崩れる前に撤収となった。
そして、マンションに戻り、お互い先日の反省を生かして今日はコーヒーを飲んでいるのだが・・・・・今はそんな事はどうでもよくて!
「敦賀さん…行儀が悪いですよ」
「あ、ごめん…じゃなくて!え?!な、なん、で!とにかく早まらないで!」
「敦賀さん…落ち着いて下さい。あなたの話では無く、未来の『久遠』の話ですから」
「未来だろうが、現在だろうが、君と別れるなんてできるだけ訳無いだろう!」
「本当に落ち着いて下さい。まず第一にこの時代では私と貴方は恋人ではありませんし」
若干血の気がひいてパニックになっている俺とは対称的に最上さんは冷静にツッこんできた。
またしても彼女に翻弄されている状況に拗ねてしまう
「…『まだ』ね」
「……そうですね『まだ』ですね」
そう言ってクスクス笑う姿にどう反撃してやろうかという気分になる
「・・・・・俺の事嫌いになった?」
恐らく違うだろうなとわかっていたけど、はっきり彼女の口から聞きたくて伺うように尋ねると、今度は彼女が拗ねた様な表情になった。
そんな表情にわかってはいてもホッとする
「そんな訳ありません。」
「よかった」
「むしろ、私が私を嫌いになりそうだったんです」
「勝ち組」だと誰かに言われた。
仕事はありがたい事に順調で、恋人も自分には勿体無いぐらいの人
なのに、いつしか自分の立ち位置がわからなくなっていた
自分の一番の優先順位が見えなくなっていた
本当に自分は「ここ」にいていいんだろうか
自分は「誰かの為」にここにいるだけだろうか
「自分の為」に「最上キョーコ」を作ろうと思っていたのに
また、同じ事を繰り返しているだけじゃないの?
きっかけは確かに「あの事」だった
「あの事」がきっかけで、選びたい道と選ばなきゃいけない道に自信がなくなった
私は本当は何が欲しかったんだろう
ずっと不安だったのは・・・・
「でも、わかっちゃいましたから。」
「・・・・何が?」
「4年後に教えてあげます」
「・・・・ずるいな」
一人で納得している彼女に、どうも釈然としないものを感じる。
結局、「今の未来が彼女の現在とは限らない」と言いながらも、彼女は極力「4年後の俺」との話を教えてくれなかった。
何か悩みを抱えていたみたいなのに、いつの間にかスッキリした顔をしているし・・・
君は俺の背中を押してくれたのに・・・・
「…俺はキミに何かしてあげられたかな…?」
自分が情けなくて、思わず弱音を吐くように問いかけてしまった。
彼女の抱えている不安も問題も俺は結局全てわからないままだったけど
なのに、彼女がとても自信たっぷりで答えるから、それでいいかなんて思ってしまうんだ。
「はい」
あの頃は見えていなかった貴方の本心も、自分では気付かなかった演技の成長も、変わっていった貴方との関係も……全てが宝物だって自信をもって今なら言えるから
「本当に?」
「ええ、初心に帰れたといいますか、過去を振り返られたといいますか・・・・・・お疑いでしたら、4年後に真相がわかりますよ?」
「俺の未来が君の現在とは限らないのに?」
いたずらっぽく尋ねれば、最上さんはすっと近づいてきて、俺の耳元に内緒話をするように囁いた。
「だから、頑張って下さい?」
本当に私が欲しいのなら。
続いた言葉に俺も、今度ははっきりと言える。
「そうだね。頑張るよ」
「・・・・敦賀さん」
「ん?」
「また会いましょうね」
そう言って、彼女は俺の唇ギリギリの所に口づけを落とした
遠くで雷鳴が聞こえた気がした
明日も「また会いましょう」をアップします。次回ラストです!