この物語は、支那(シナ)・・・中国の別称・・・の上海にある町での出来事です。 「私はお婆さんに誘拐されました。お婆さんは、恐しい魔法使です。
時々真夜中に私の体ヘアグニというインドの神を乗り移らせます・・・」
"アグニの神"は芥川龍之介の短編小説です。 皆様が、まだ、お生まれになっていない1921年(大正10年)に発表されました。

今回のブログの全画像は、ネットからお借りしました

 著者 芥川龍之介 小説家

 1892年(明治25年) ~ 1927年〈昭和2年〉

 出典:青空文庫

  ■ あ ら す じ■

★登場する人★

老婆 妖術を使うインド人の占い師。

恵蓮(えれん) 老婆に誘拐された日本人。妙子(たえこ)という。

アグニの神 インドの火の神

遠藤 香港の日本領事に仕える書生

昼でも薄暗いある家の二階に占いをする人相の悪いインド人の婆さんが住んでいた。

商人らしいアメリカ人が占いを頼みに来た。

「日米戦争はいつ始まるかということなんだ。それさえ分かれば、大金儲(おおがねもう)けができるからね」

「占いは当分見ないヨ」

アメリカ人は三百ドルの小切手を婆さんの前へ投げた。

婆さんは急に愛想(あいそ)がよくなった。

「今夜、占っておいて上げるからネ」

「私の占いは五十年来、一度も外はずれたことがないのさ。何しろアグニの神ご自身がお告げをなさるのだからね」

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婆さんは次の部屋の入口へ行って
「恵蓮(えれん) 恵蓮」と呼び立てた。

出て来たのは、美しい支那人の女の子だ。
何か苦労でもあるのか、下(しも)ぶくれの頬(ほお)は、まるで蝋(ろう)のような色をしていた。

「よくお聞きよ。今夜は久しぶりにアグニの神へお伺いを立てるんだからね、そのつもりでいるんだよ」

「お前がこの間のように、私に世話ばかり焼かせると今度こそお前の命はないよ」

恵蓮は窓から往来を眺(なが)めた。

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若い日本人が通りかかった。

二階の窓から顔を出した支那人の女の子と目が合った。

日本人は決心して家の中へ入っていった。

ドアを開けるとインド人の婆さんがいた。

「私の主人は香港(ホンコン)の日本領事だ。私は遠藤という書生だ。お嬢さんの妙子(たえこ)さんが去年の春、行方(ゆくえ)知れずになった。」

遠藤はこう言いながらピストルを取り出し次の間へ踏みこもうとした。

婆さんが立ち塞(ふさ)がった。

「退(ど)け。退かないと射殺するぞ」

婆さんは鴉(からす)の啼(な)くような声を立てた瞬間、まるで電気に打たれたようにピストルは手から落ちた。

遠藤は転げるように外へ逃げ出した。

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その夜の十二時頃、遠藤は婆さんの家の二階のガラス窓を見つめていた。

突然高い二階の窓から紙切れが落ちてきた。

「遠藤さん。お婆さんは、恐しい魔法使です。時々真夜中に私の体ヘ、アグニというインドの神を乗り移らせます」

「私はその神が乗リ移っている間、意識がなくなっています」

「アグニの神が私の口を借りて、いろいろ予言をするのだそうです。今夜も十二時にはお婆さんがアグニの神を乗リ移らせます。

今夜は、眠(ねむ)くなる前に魔法にかかったフリをします。そして私をお父様の所ヘ返さないとアグニの神がお婆さんの命をとると言ってやります」

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インド人の婆さんは、ランプを消した二階の部屋の机に、魔法の書物を拡(ひろ)げながら、呪文(じゅもん)を唱えていた。

妙子は祈った。

「日本の神々様、どうか私が睡(ねむ)らないように、お守りなすってくださいまし。
そしてお婆さんを欺(だま)せるように、お力をお貸しくださいまし」

アグニの神が空から降りて来た。得体の知れない音楽が鳴り始めた。

もうこうなってはいくら我慢しても、睡らずにいることはできない。

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アグニの神、アグニの神、どうか私の申すことをお聞き入れくださいまし」

婆さんがこう言ったと思うと、息もしないように坐っていた妙子は、突然口を利(き)き始めました。

しかもその声がどうしても、妙子のような少女とは思われない、荒々しい男の声だ。

お前はいいつけにそむいて悪事ばかり働いてきた。今夜限りでお前を見捨て、悪事の罰を下してやる」

婆さんは呆気にとられた。

「お前は憐(あわ)れな父親の手から、この女の子を盗んで来た。もし命が惜しかったら、即刻、この女の子を返すが好い」

「恵蓮(えれん)め! 私はまだお前に騙(だま)されるほど老いぼれていない。アグニの神がそんなことを言われるはずがない」

「お前も死に時が近づいたな。おれの声が人間の声に聞えるのか」

婆さんは一瞬ためらったが、妙子に向かてナイフを振りかざした。

「このババア。まだ剛情を張る気だな。それなら約束通り、一思いに命をとってやるぞ」

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その内に部屋の中からは、誰かのわっと叫ぶ声が、突然暗やみに響いた。

人が床の上へ倒れる音も聞えた。

遠藤は妙子の名前を呼びかけながら部屋の中へと飛び込んで行った。

妙子は死人のように椅子にかけていた。

「お嬢さん。しっかりおしなさい」

妙子はやっと夢がさめたように、かすかな眼を開きました。

「計略は駄目だったわ。私は眠ってしまったのです」

「あなたは私と約束したとおり、アグニの神の真似(まね)をやりおおせたじゃありませんか。さあ、早く逃げましょう」

遠藤は部屋の中を見廻しました。

インド人の婆さんは床に倒れて死んでいた。

今夜の計略は失敗した・・・しかしそのために婆さんも死ねば、妙子さんも無事に取り返せたことが、・・・運命の力の不思議なことが、やっと遠藤にも分かった。

遠藤は妙子を抱(だき)かかえたまま囁(ささや)いた。

「あの婆さんを殺したのは今夜ここへ来たアグニの神です」

 

「支那(シナ)の夜」  by 渡辺はま子

感 想

人生というやつは、中々、思い通りに行かないものですね。

妙子(たえこ)は、アグニの神の真似(まね)をして婆さんを騙(だま)そうとしたのですが、睡魔に襲われ眠ってしまいましたね

でも、終わってみると、婆さんは死に、妙子(たえこ)は自由の身になれました。

アグニの神が決着を付けてくれたのでした。

アグニの神に誰かが頼んだわけではありません。偶然なんですね

芥川は「人間は気づいていないが、人生は『理屈』ではなく、『偶然』で成り立っているのだ」と言いたかったのでしょうか?

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「いつか、どこかで聴いたような・・・」

 ★ ジ ャ ズ ★

「ブギ・ウギ・ビューグル・ボーイ」
    by アンドリューズ・シスターズ

お急ぎの方はスルーしちゃてください(笑)

「ブギウギ(boogie-woogie)」
1920年代にアメリカの黒人ピアニストによって創始されたブルースの変奏形式の一つだそうです。続く※

歌謡曲 

「東京ブギウギ」  by 笠置シヅ子

続き※1940年代に広く流行し日本でも「…ブギ」と題した流行歌が多く発表された

♪ ポップス 

 「地上の星」 by 中島みゆき

今も「青春真っただ中」の方用です(笑) 

「ランバダ(LAMBADA)」