これは私の妄想物語
どこかで胡弓の音が聞こえる。
楼主の趣味で日本庭園風に設えた
丸窓を開け放ち涼しい風を取り入れ
灯篭に火を入れて、
暗闇にぼんやり浮かび上がった
緑の多い庭を眺めながら、
志煌(ジオン)は馴染みの妓女 美凰(メイファン)の
膝枕でウトウトしていた。
白くふっくらとした女らしい指先が
志煌の頭を撫でている。
「志煌様、、そろそろ夜も
更けて来ます」
志煌は大きく伸びをした。
「よく寝た。お前の膝は
本当によく眠れる」
「嬉しい事を…」
美凰が志煌の額に軽く口付けを落とした。
「もう行かれるのですか?」
「ああ…」
「たまにはこのままお泊まりに
なればいいのに」
「…またな」
ゆっくりと身体を起こすと
美凰が寂しそうに袖を引いた。
「志煌様…本当にこのままで
いいのですか?」
「何がだ?」
「だって…志煌様は私に
一度だって指一本触れようとしない」
「してるじゃないか?
お前の膝を借りてる」
「そうじゃなくて……
私がお嫌い?」
「あのな、美凰。
嫌っていたらお前のところには通わない。
男と女は必ず閨を共にしないと
行けない訳では無い。
そんなもの無くたって心は通じてる。
お前はそれでなくても身体を
酷使している。
たまには休め、俺といる時くらい」
美凰は泣きそうな笑顔を作った。
志煌はたまらなくなって
しっかりとその細い肩を抱きしめた。
「また来る!
いい子にしてろよ!」
そう言いおいて
志煌は部屋を出ていった。
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春を売る彼女にとって
志煌は有難くもあり
侘しくもある客なのだろう。
出会って一年。
一度も美凰を抱いたことはない。
最初は時間潰しで
たまたま入った妓楼だった。
初めに当てがわれた彼女が
あまりに幼く痛いけで
可哀想になった。
聞けば田舎から下働きと言われて来たのに
少し可愛らしかったが為に
すぐ店に出された。
水揚げもどこぞのお大尽という訳でもなく
ぞんざいな扱いだったらしい。
志煌が禮伝家の縁者とわかると
楼主はコロりと態度を変えた。
それ以来
美凰の客は官吏出身者が多くなり
彼女に酷い仕打ちをする者は退けた。
それもそのはず
いずれは志煌が美凰を妾として
身請けするだろうと
目論んでいるのだ。
ありありとわかる楼主の思惑に
自分にその気はない。
ここへ通うのは
あくまでカモフラージュ。
志煌は気が重かった。
とりあえず次はフランス租界の賭場へ。
妓楼へ人力を呼んで
さて乗ろうとした時
見慣れた黒塗りの車が横付けした。
提灯の明かりを影に背負っても
誰だかわかるシルエット。
その男がサッと車を降りてきた。
「志煌様、お探ししましたよ。
やはりここでしたか」
「なんだ?阿木津!
何の用だ?」
禮伝家の執事だった。
「お戻りください。
奥様がお待ちです」
「母が?何の用だ?
俺は忙しい!」
抵抗虚しく無理やり
車の後部座席に詰め込まれる。
と、気づくと先客がいた。
「なんだ!真響。
お前なんでここにいる?」
「とっ捕まったんだよ!
阿木津に…」
「なんで?学校どうした?」
千宮司真響
志煌の母方の従兄弟。
幼くして両親を亡くし、
花琴の嫁ぎ先禮伝に引き取られた。
志煌に五つ違の弟ができた。
大昔、皇族でも相当に
末席の立場だったと花琴は語るが
その出自は怪しいものだと
志煌は思っている。
だがそのプライドだけが先走る母の、
実情は火の車の実家だっただけに
志煌の母 花琴は真響を
引き取れた事に安堵した。
元華族のプライドもあり、
真響は養子とはせず
千宮司のたった一人の跡継ぎとして
上海で一番最初に出来た日本人学校へと
通わせていた。
自宅から少し遠いので
手伝いの者を付けて
近所に部屋を借り、
週末だけ帰ってくるという
パターンだったのに……
平日に帰ってくる?なんで?
「なんでだ?……まさか放校?」
真響はやんちゃ過ぎる嫌いがあり、
花琴の頭の痛い甥っ子でもあった。
口を尖らせて
シートに寝そべっている
膨れっ面の真響の頬を
ギュッとつねると
「痛い!志煌‼️」
とまた不貞腐れた。
「自宅謹慎です。二週間ほど」
阿木津が前の座席から
振り向いて睨みつけた。
「今度は何やらかしたんだ?お前!」
「港湾労働者が出入りする賭場で
学校をサボって遊んでました。
それを学校関係者の知るところとなり
大目玉食らって、、
ただ学校側は
千宮司の若様を放校にする訳にも行かず
自宅謹慎となりました。
志煌坊っちゃま……
奥様は相当におかんむりです」
「真響〜」
志煌が拳でコツンと真響の頭を小突いた。
「痛ぇ〜^^;
志煌だって……」
「俺はもう学校卒業した!
お前はまだ学生!!
母上怒らすなよ〜
始末悪いぞ!
……えっ?俺も巻き添え食らうのか?」
2人に取って、何が一番苦手かと言えば
志煌の母であり、真響の伯母なのだった。
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