これは私の妄想物語
雨は降りやまない。
麓から山荘へ通じる道は
未だ崩れたまま。
地盤が緩くて
工事の車両が入れない。
龍族の志煌達は困らない。
山荘のオーナーも
元は「時の政府」の人間。
早くに引退して実母の立っての願いで
山荘を継いだ。
至って珍しい例だが、
主要な立場でなかった分だけ
開放されたと彼は言っていた。
ここは龍族と時の政府を繋ぐ
重要な唯一の拠点でもあった。
「ひと月ふた月、道が通らなくても
うちは全然困りませんから」
オーナーはそう言った。
「燃料も食料の備蓄も潤沢だし、
いざとなればねぇ、、
龍族の方で調達してくれるでしょうから」
彼はニヤリと笑って見せた。
一般客は御前のような
長逗留の客が数名いるだけで……
「ノイマンさんも……?」
「えっ?、、当然ですけどね。
あちらも休暇を兼ねてという話だったので
ちょうど良い口実が出来たと
仰ってましたよ。
……そういえば
乃咲琉ちゃんの事気になさってましたね。
体調は戻られましたか?
お部屋に篭もりきりだから
気分転換にそろそろ
降りてこられるのかな〜?と。」
「ええ、、そうですね。
余程怖い思いをしたのか?
赤ちゃん返りしてましてね。
片時も私達のそばを離れようと
しないんですよ笑」
それは嘘だ。
本人はあれから記憶が途切れ途切れ。
あの日自分がどこへ行ったか?
思い出そうとしても
思い出せない。
庭師のじいさんに頼まれた
ジョウロの水を足しに行った所まで、、
行ったような気がすると……
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「乃咲琉…息が詰まらないか?
気分が良ければ
ロビーのコーヒーショップへでも
行ってみる?」
駕洛が誘ったが
乃咲琉は首を横に振った。
駕洛はコーヒーを飲んでくると
下へ降りていった。
雨の降りやまない窓を開けて
乃咲琉は細い腕を外へ差し出している。
「雨が降り込むぞ。」
乃咲琉の背中側に立つ。
「何やってる?
……羽根?今日は飛ばないよ」
乃咲琉の手からこぼれ落ちる青い羽根。
雨に濡れてまっすぐ下へ落下していく。
「……ご……さん」
志煌は首を傾げた。
「それ、、は何?
誰かの名前?
それとも……」
乃咲琉の背中を見つめた。
「誰?……名前?」
「なんの意味があるんだろ?」
「わ、、からない」
乃咲琉はくるりと振り返ると
志煌の胸の中に顔を埋めた。
突然の事で志煌の腕は宙に浮いたまま
空間を彷徨う。
このまま抱きしめてしまえば
今まで抑えていた気持ちが溢れ出る。
「志煌……あのね
私の中に何かが刺さったまま
抜いてしまえば楽になるのに。
でも抜いては行けないと……
思い出そうとすると
頭が締め付けられて……」
倖箭が奪った記憶のことなのか?
「そうか……
困ったもんだな。
じゃあ無理して思い出す必要は
ないんじゃないか?」
彼女がふっと顔を上げた。
志煌が見下ろすと
彼女のキラキラ光る
視線とかち合った。
彼女の腕は志煌の胴に
しがみついたまま……
「あのさ、、乃咲瑠
そんなにしがみつくと、な…
苦しいンだけど……
締め付けなくても……」
「だって…志煌…どこかへ
行っちゃいそうなんだもん」
「いや、、どっかに行ったのは
お前の方…」
といいかけて口を噤んだ。
きっとその記憶は
乃咲琉の中で
朧気なのでは?
「しっかり捕まえててね。
離れちゃうと怖いから」
しっかり捕まえてて……か
捕まえてても
お前は或る日
俺の目の前から
ふらりと
居なくなるのでは?
そんな予感がしてならない。
志煌は莉朶の肩にそっと手を置いて
彼女の視線に合わせるように
身体を屈めると
「乃咲琉……
もしも俺とはぐれても
必ず俺はお前を
探しに行く。
耳を済ませ目を凝らし……
この声がする方へ。
俺を見つけ出してくれ……。
乃咲琉……
忘れないで」
乃咲琉は目にうっすら涙を浮かべ
こくりと頷いた。
「うん……志煌
忘れないよ。
……
大好きだよ、、志煌」
好き!
……そうか、、
そうやって俺も伝えれば良かった。
美凰…すまない、、
精一杯の真摯な気持ちを俺に伝えて
くれていたのに。
たった一言
その言葉を呟けば
俺の記憶は哀しみで
満たされることはなかった。
俺は馬鹿だ……
『もう離さないでね。
旦那様、、幸せになって』
冥府から美凰が俺に伝えてくる。
「俺も……」
志煌はそっと抱きしめて
耳元で囁いた。
……
……
……
「あらぁ〜‼️
ラブシーンの最中だったか!」
突然部屋の扉が開いた。
顔を覗けて
素っ頓狂な声を上げた駕洛。
「駕洛ちゃ〜〜ん!」
乃咲琉が満面の笑みを浮かべて
片腕を駕洛に大きく差し出した。
それに応えるように
駕洛も大きく手を広げて
莉朶と志煌を抱きしめて
彼にしては本当に珍しい
満面の優しい笑みで
ふたりを大きく包み込むのだった。
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