これは私の妄想物語
蝉時雨
その啼き声を久しく聞いていなかっただけに
丁寧に手入れされた竹林の
木漏れ日の中で
一瞬でも暑さを忘れる
ここはまるで桃源郷。
この奥にHARUが拘って作った庵があり
彼は風流に茶を嗜む男でもあった。
仕事が一段落すると
志煌を誘ってその庵で
茶を点ててくれる。
その時々により
茶葉は色々な顔を見せてくれる。
馥郁とした甘い香りの中の
凛とした若葉だったり
丁寧に手揉みされ
乾燥した上質の渋みがある
芳醇な茶葉だったり……
「いつから?」
流れるような所作に目を奪われて
その美しい横顔に
未だ自分は魅せられる。
そう感じながら
ふたりで過ごすこの時間が
志煌にとって至福のときだった。
「うん…
昔な、、人間だった頃。
開戦前の上海
キミと出会う前のことだ。
兄嫁の実家は
とある政治結社の主幹だった。
その方は書を嗜み、茶をこよなく愛する
穏やかな方で、
私はよくその屋敷へ遊びに行っていた。
それで烏龍茶の正しい挿れ方も
教わったのだよ。」
少し懐かしげに遠くを見たHARU。
龍族になる前から、、、
その関係で
政治結社「槿ムーチン」へも
足繁く彼は通っていたんだ。
互いの実家はライバル関係にある
貿易商だったが、
志煌は密かにHARUに憧れていた。
「槿」で初めて出会った時から
まさかこんな時間を
彼と過ごせるとは思ってもいなかった。
「どうだい?今度の茶葉は」
「どこか、、フルーティーですね。
桃のような 梨のような……」
「印度の発酵茶なんだが
今で言う紅茶だ。
良いだろう?
少し手を加えてみた。
うちのオリジナルとして
販売してみようかと思う。
この時代は紅茶はまだ
普及していなかったのでね」
「これは、、、紅茶の一種か。
いつもの中国茶とは違う味わいが
きっとこの時代では
新しいのでしょうね」
HARUの目が細められた。
「さすが志煌だ。
禮伝商会の御曹司は
伊達に贅沢をしてきた
わけではないんだね」
HARUの口からその名前が出ると
一気に遥昔へ引き戻される。
甘やかされてわがままに育った御曹司。
厳しいながらも
一人息子に将来を託して
大切に育ててくれた父。
華やかで美しく時に茶目っ気たっぷりな母は
まるで我が子を恋人のように思っていた。
幼い日に一緒に育って
子犬のようにいつも自分のあとから
着いて来ていた従兄弟の真響(マユラ)。
あの幸せな時代は
いつまでも続くと思っていたのに。
黒い影を自分たちへ落として
奈落へと引きずり込んだ阿木津との
その後の長い確執で
あの優しい思い出は塗り替えられた。
「悪かったな。嫌なことを
思い出させた」
顔色の変わった志煌にすぐさま気づいたHARUが
気分を変えるように
いつもの烏龍茶を淹れ始めた。
彼にとっても忘れられない相手である。
HARUを死に追いやった陶信成は
Kカンパニーで
阿木津の上司でもあったからだ。
「まさかこの時代で
阿木津や陶と出会うことは
ないでしょうか?」
「分からない。
彼らは神出鬼没だからな。
我らと同じく
時空を操る集団だ。
この時代で出会っても
不思議では無いよ。」
「そうでしょうね。
……なぜ、、HARU様は私や楓希を
この時代へ呼びせたか?
ずっと考えてました。
莉朶の生まれ変わりがいるということは
もしかして乃咲琉もいるのですか?」
乃咲琉と口にした瞬間
胸が甘く疼いた。
「志煌は楓希と違って勘が鋭いね笑
実はねそうなんだ。
突然の出会いを演出してやりたかったが
そうもいかない状況で
彼女に会わせるには
事前のレクチャーが必要なんだ。
キミに心構えが必要となる。
と言うことで少し
彼女について
話しておこうと思ってね」
HARUはそう言うと
程よく冷めたちいさな茶器を
志煌の前に差し出した。
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