これは私の妄想物語


結局 碧空の絵は 馨爾の望み通りになった。



馨爾は予定より早く
迎えに来た舎弟の車で
紫光と共に帰って行った。
駕洛の役目も終わった。

考えてみれば
紫光とはまともに話すことも叶わず
とどのつまり駕洛の消えた記憶の
手がかりひとつ
ろくなものも見つからないまま
一旦帰国することとなった。

その前日……

駕洛は倖箭にはぐらかされるのを承知で
彼に思い切って尋ねる事にした。

「俺は、、どんな人生だったンすか?
紫光さんから聞きましたが
以前仕事で上海へ行った時、
俺を偶然見かけたって。
それ、俺が龍族になる前の話ですよね?
上海楼 公司と言えば
七星の息のかかった会社。
凌家も七星も古くからの青幇(チンパン)で
上海楼に縁があったということは
俺もまた青幇だったってことですか?
七星とは敵対関係でしたよね?
その敵対関係の上海楼の人間を
なんでアンタは助けたんです?」

駕洛は心中に澱のように溜まった
思いをぶつけた。




「なんでかって?
そりゃあ〜駕洛が可愛かったからだよ」

倖箭がにっこりと笑った。
やっぱりそうか……
この人は本音で喋らない。

「もういいです…
上海帰ったら、
しばらく呼び出さないで下さいね」
ガッカリした気持ちで
駕洛は部屋を出ようとした。
すると

「おいで」と倖箭が呼び寄せた。
駕洛の肩をしっかり抱き寄せるので、
駕洛はイラついて
その手を振りほどこうとした。
だがなおもしつこく絡みつく腕。
そして倖箭は駕洛の耳元で
囁くように言った。

「冗談……そう情けない顔をするな!
お前を助けたのは、
俺のせいでお前を巻き添えに
してしまったからだ。
いくら俺でもお前を元の状態で
生き返らせることは出来ない。
俺が出来るのは『龍族』への転生だけだ。」

「罪滅ぼし?」

「そう取られても仕方がないか……
お前のいた頃の上海楼は
まだ七星のものではなかった。
そしてその頃の名前は大隅公司。
お前の叔父が亡くなった兄の代理で
切り盛りしていた。
いずれはお前にその会社を継がせるために。
お前は学校を出たばかりで、
家業について
勉強している最中だった。
恐らくその頃紫光くんは
お前を見かけているのだ」

「そう、、だったんですか。
上海楼は大隅公司が無くなってからの
名前だったんですね?
じゃ、いつから?」

「お前が龍族になって以降。
大隅家も宋(父の実家)家の名前も
消えてしまってから。

お前の存在が邪魔な男がいた。
お前はその男に出会ったのは
偶然だと思っていたはずだ。
だが彼はお前を殺す為に…
わざわざ後を追って来たのだ。
そうしなければならない理由があった。

お前はこの名前を
知っているはずだ。

超范礼(チャオファンリー) 」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



記憶は濁った水の中を覗く
水中メガネ。
ヘドロだらけの濁ったそこは
常に尺の長いものが蠢いて気づけば
足元にトグロを巻く鈍色の蛇の群れ。

あの濡れた石畳よりさらに無彩色の
まるで常闇
そこに棲む無数の蛇

あれは全て俺の記憶で
ろくでもない。
苦しみと哀しみの入り交じった
俺の人生はろくでもない……


倖箭の口から出た名前。
その瞬間、まるでそれが呪文だったように
霧に閉ざされた俺の
記憶が戻って行った。


上海楼公司は元々祖父が生業と
していた貿易会社。
戦前からある老舗中の老舗だった。

父は日本の大学へ学び
そこで知り合った元華族の娘でもある
母と結婚した。
大隅は母の実家の名前。
日本では大隅公司。


祖父は雲南省昆明の出身で
若い時から野心があり、
都会で一旗あげたいと願う
血気盛んな青年だった。
華僑として
色んな国を渡り歩き
持ち前の運と頭脳で
一代 で会社を大きくして行った。
名ばかりの没落貴族である大隅家は
祖父の宋家と結びつくことで
その体裁を保ったのだった。

俺の駕洛の名前は祖父が付けたもので
子供の頃から俺は
その名前が気に入っていた。

祖父の代から同じ地域出身で
同じようにのし上がった男がいた。

超家。
宋家と超家は地元で唯一
科挙に通るような秀才を生み出す家系。
その家に俺と同じ歳の末息子がいた。

その名は超范礼。

俺を『常闇』へと
引きずり込んだ男


俺と倖箭、紫光、馨爾
俺たちの因縁は深く
運命が複雑に絡み合う事になるのだった。


❦ℯꫛᎴ❧


駕洛のおとぎ話は
記憶を取り戻す事になる
駕洛の過去のお話になっていきます。
またの再会を楽しみに。

長い間お付き合い
ありがとうございました。

本日もお立ち寄り
ありがとうございます