これは私の妄想物語


紫光は馨爾の様子見に訪れただけで
頭目から特別な用事を
言いつけられて来た
わけではないと話した。


ならば時間の許す限りでいい。
貴方が知る範囲で彼の過去を
話して聞かせてやってください。
そうすれば駕洛は
なにか思い出すかもしれない。
そう倖箭が提案して、
数日の紫光の逗留が決まった。

居心地が悪くなったのは
馨爾のようで
美術館から戻ってからは
どこかつまらなそうに
庭を眺めては
時折深い溜息をつくようになった。

「どうしたんだ?アイツ?」

「……さぁ、なんだろね」

「心ここにあらずだ。リハビリ中も
ぼんやりして。
それよかアンタ余計な事を
あの沢渡紫光に吹き込んだろ?
アイツが俺を見る目、
なんか気になるんだよな〜」

「なんだろね〜
それよか紫光は良い男だろ?
あの商売の割にして、
ギラギラしてなくて
むしろ学者みたいに
清潔感のある優男風」

「好みか?」

「まぁね、好みっちゃあ好み。
まァでもいいんじゃない?
三角関係でも…
長袍着せたら似合いそうだよね?」




ふふっと倖箭が笑った。

「誰が三角関係なんだ?
それにそのふふってぇのはなんだよ!
どうにもお前って
ノーテンキだよな。
ところで全部知ってんだろ?
勿体ぶらないで聞かせろよ、俺にだけ」

倖箭の部屋でふたりが
ヒソヒソと話していると
いきなり馨爾がノックもせずに入ってきた。


「どしたァ?」

倖箭の間延びした雰囲気とは
真逆の切羽詰まった感がある。

「あの……もう一度、、」

「美術館か?
だけど……
会えるかどうかわかんねぇぞ!」

「でも、、またねって」

「そう言ったのか?あの子が……
約束したのか?」

馨爾が唇を噛んでふっと顔を逸らした。

「若……おひとりで行かれることは
控えて頂きたい!
いつの間にか紫光が部屋の外に立っていた。

「お前には関係ない!」
馨爾が紫光を睨みつけた。

「いえ。少しは貴方の立場というものを
お考えになってください。」

「それが嫌なんだ!うんざりだ!
ほっといてよ!!」

「そうして差し上げたいと思うのは
山々ですが……
関東花菱組や道元会など
若の動向を探っている輩もいますから。
どうしてもと仰るなら
私も着いていきます。」

馨爾は不満顔のまま紫光を叱りつけた。
「いいよ!でもね、
外で「若」って呼ぶな!
それから俺とは離れて歩けよ!」

なんだ?この若造!
十分上から目線じゃねぇか
年端も行かんくせして……

駕洛がそう思った瞬間
倖箭の思念が飛んできた。

『いいんだよ。あれが馨爾だ。
反発しながらそうやって徐々に
紫光と親密になっていくんだから…』

倖箭は全てを知っているのか?
この先の馨爾と紫光の関係
そして駕洛と紫光の因縁

馨爾の未来を知ってて
過去へ戻った倖箭。

倖箭が何を考えているのか?
未だ見当がつかない自分に
少し腹ただしいと思う駕洛なのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

朝から徐々に気温が上がり
少し動いただけで
汗が額に浮かぶ。

そんな中
緑の多い人工の美術館は
恰好の避暑地。
隣接した公園では子供用の
遊戯道具が置かれ
小さな子供たちの楽しそうな
笑い声が聞こえていた。

絵画展はこの週末が最後とあって
見学客の数も先日より
多くなっていた。

会場の隅、やはり人だかりが出来ている。
相変わらずの人気ぶりだ。
僅か15歳という年齢が尚更
興味を引くのだろう。
巨匠である大垣大誠の人気を
はるかに超える盛況ぶりだ。
碧空の姿はそこにはなかった。


「あの絵、手に入らないかな〜?」
人集りの外からその絵を眺めていた
馨爾がポツリと呟いた。

「……親父に頼むか?」

倖箭が意地悪そうな言葉を吐くと
「なんで親父なんか!」

「お前じゃ絶対無理な金額だ」

「だろうな……」



「だが…親父の名前を借りれば
大垣大誠は動くかもしれんぞ?」

「どうする?」
倖箭が畳み掛けるように
馨爾へ言った。

「そんなことしたら
あの親父のことだから、
それを恩に着せて
俺の嫌なことばかり
ここぞと押し付けてくるに決まってる!!」

「そうだな……
じゃ、自分で買えるようになるまで
頑張って働くか?
まぁ、お前が働ける場所と言えば
学歴もないし、なんの経験もない。
後ろ盾のないお前が出来ることと言えば
土方位のもんか?
それもお前のその手の軟弱さだと
雇ってもらえないな。
わかってるか?馨爾。
お前に仁龍会若頭の肩書きがなければ
タダ以下の人間ってことなんだ。
それもいずれは頭目になる立場だ。
多くの部下を率いて行く覚悟とケジメを
お前はどこかで付けなきゃならん。
そこからの運命からは
どうやっても逃げられるもんじゃない。」

会場の片隅で碧空の絵を見つめながら
倖箭の説教を黙って聞いていた馨爾。

それをすぐ側で聞いていた駕洛が思わず
「可哀想だな」と呟いた。

「仕方ないンですよ。
馨爾さんは妾腹の子ですし、
正式な跡取りではない。
雅紀さんが病に倒れなければ
彼は自分の望んだ道へ
進んで行けたんですけどね。」

言い訳をするように
紫光が馨爾の気持ちを代弁した。

「なんになりたかったんだ?」

「…絵の道。そこそこ日本画は上手です。
古美術にも造詣が深くて
道楽のような古美術商か
画商にでもなって細々暮らしたいと
思っていたようですね。
その為に難関の東洋美術大にも合格して
いずれはどこかの美術館の学芸員に
なるつもりだったと思うのですが。
頭目も馨爾は好きな道に進ませてやると
仰っていたのですが……」

紫光が馨爾に対して
同情しているのがよくわかる。
が、彼もまた心を
鬼にするしかないのだろう。

「アンタはなんで
仁龍会へ入った?」
聞いていいものかどうなのか?
しかしこの男とは
昔の縁があるという。

「私ですか?色々ありまして……
私も馨爾さん同様
後ろ盾を持たない人間です。
馨爾さんのように
やりたい仕事もなかった。
親も身内もいない天涯孤独な人間の
行き着く果て……
そんな時拾ってくれたのが頭目です。
雅紀さんと俺が同じ歳だったせいもあって
よく可愛がってくれました。
……
実は上海の凌家へ数年前仕事の件で
伺った事があったのですが
偶然私は貴方を
お見かけしたんですよ、街中で。
貴方は気づかれなかったけど。
そっと後を追って行った先が
「上海楼公司」という貿易会社でした。
貴方のお父様の会社だと
お聞きしましたが……。」


貿易会社?上海楼…
上海楼と言えば確か七星公司の
貿易部門のはずだが。
上海の貿易会社の中でも老舗。
凌家とは敵対関係にあると
倖箭には聞いていたが。

俺がその代表の息子?


「もう多分会期も終わるから
あの子は来ないだろう。諦めて帰るか?」

倖箭が馨爾の背中を押した。
ガッカリと肩を落として会場を出た馨爾が
意を決したように
「俺が、、親父に頼み込んだら
なんとかなるんですか?」

「絵の話?
なるだろうね。口添えしてあげよう。
……駕洛、帰宅したら
ここへ電話をしてくれないか?」

1枚の名刺を差し出された。

「大垣、、?」

「取り次いで貰ってくれ。
面会日程を抑えるように」

本来ならそれは巧光の仕事だが
上海ではお世話係だったのだから……
ということか。

まぁ、なんでも目の前にいるやつを
上手く使う倖箭なのだから、、
今夜も遅くまで
こき使われるんだな
と駕洛は覚悟したのだった。


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