これは私の妄想物語


しかし……
まるで台風並みの強風と雨で
翌日から海は時化た。
低気圧が留まって、
数日船は出せない状態に。
結局、釣りの予定は頓挫した。

すると倖箭は嬉々として那賀崎から
100kmほど離れた隣県の
リゾートホテルの部屋を
さっさと用意してきた。
そこの特別室はコテージ風になっていて
小グループでの宿泊が出来るという。
そこへ馨爾と羚
それに倖箭までが泊まると言い出した。

「部屋を取って頂いた事は感謝しますが
わざわざ貴方まで
泊まる必要がありますか?
お仕事いいんですか?」
車で送ると言われた時に
羚はさりげなく彼を
退けたつもりだったが

『お互い忙しい身、
この際俺も休みを取りました。
貴方もご存知のように
我ら役員に休みは有って無いようなもの。
この際です。』

『ねぇ、馨爾くんたまには
日常を離れて
ゆっくり過ごすのも
いいんじゃないかな?
偶然にも三人一緒なんて
合宿みたいだと思わないか?』
などと馨爾を甘い言葉で誘ったのだった。

(偶然って…そもそもアンタと俺たちは
どういう関係なんだよ!)
羚は心の中でまた呟いた。

「どうする?羚。
おれの狭いマンションの
狭いベッドで一緒に寝るより
その豪華リゾートの方が良くないか?
羽を伸ばして寝れるぞ!
お前ん家のダブルベッド並だ。
そして、、上げ膳据え膳、温泉付き。
最高じゃないか?!
お前もずっと休みがなかっただろ?
たまにはいいんじゃない?
釣りはまたの機会でも…」

馨爾はすっかりその気である。

「そりゃいいけど…でも……
なんであいつも一緒なんだ?」

あまりに嬉しそうな馨爾の様子に
さすがに意義は唱えられない。
助教授の薄給取りで
自活する身では、日頃
贅沢もそうそう出来ないだろう。
羚が生活全般の援助を申し出ても
彼は頑なに研究費に足りない分程度しか
使おうとはしなかった。





「お前におんぶに抱っこは嫌なんだ。

子供の頃からの約束でも。」



「お前の研究に賛同する
パトロンみたいなものだと
俺は思っている。
いつかお前の名前が
歴史に残ったら…」

「残るかよ!」
馨爾は笑った。

(俺は本気だ!)
羚は心の中でそう呟いた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ここのホテルは知り合いか何か?」
荷物を解きながら羚が聞くと

「ん?ここ?……俺ん家」

「ハッ?ここも?」

「ああ、、祖母さんの持ち物だった」
いともしゃあしゃあと言ってのける倖箭。

と、言うことはここも相続か。
どこまで金持ちなんだ!
飄々としながら
こいつは結構強かな男なんだろうな?
漠然と羚はそう思った。

確か年齢は自分たちより四、五歳上のはず。
三十を半ばに未だ独身。
色男過ぎて、タイミングを失ったか、、、
もしくは……
女に興味が無いか?



別棟の温泉施設から羚が戻ると

広いリビングで倖箭は

ロックグラスを傾け窓辺に腰掛けて

ぼんやり敷地のライトアップされた

庭を眺めていた。



ふっとその横顔が

どこか寂しげに見える。

馨爾や羚に見せる強気で自信満々な

その表情とはどこかかけ離れていた。


(無駄にイケメンだな。

男三人でホテルに泊まって

何が楽しいんだ?)



倖箭の視線と羚のそれがかち合った。


「馨爾くんは?」


「あいつは長風呂です。

目いっぱい温泉楽しんでますよ。」


「キミは?

カラスの行水?」

そう言うとまたいつものように

にやりと笑った。


(なんか毒があるな、、いちいち)


「付き合わないか?

そこのカウンターにボトルがある。」


「ロックですか?」


「ああ」


(あ〜どこまでカッコつけてやがる!)


小憎らしいと思いながら

なんでこんなに気になるのか?

自分と同じルーツを持つ半異国人。


倖箭は窓ぎわの席を開けて

自分の隣りをポンポンと叩いた。

ここは座れという意味か?

羚は倖箭と同じロックグラスに

ウイスキーを注いで

彼の隣りに挑むように座った。

実はロックは苦手だ。

だが妙な敵対心が心に芽生えた。


グラスを仰ぐと

胃の腑が一瞬にして焼け付いて

吐息まで火を吐くようだった。


「無理しない方がいいぞ。

胃をやられる。

特に風呂上がりは酒が回りやすい。

ゆっくり嗜みながら……

そう可愛い子は

じっくり落とすのがいいんだ」


「落としたいんですか?」


冗談で言ったつもりだった。

だが……


「誰?……ふっ

馨爾くんか。

……そうだね。あの子は可愛い。

素直すぎて幼いがね。

専門バカって奴かな?

ほっとけない。

能力の高さと性格はイコールじゃない」


(そんなことは知ってる。

だからいいんじゃないか!

アイツはずっと変わらない。

子供の頃から真っ直ぐで

いつも俺が庇ってやらないと

よく近所の悪ガキにも虐められた。

買ってもらったばかりの三輪車を

悪ガキに乗ってかれた。

それをポケ〜っと見てたのも馨爾だ。

馨爾の母さんから叱られて

言い訳してやったのも俺。

鳩にも追っかけられた。

それも追っ払った。

全部俺が……)


ふと思い出して、羚は思わず

思い出し笑いをした。


「羚くん。」


「えっ?」


倖箭が初めて「くん」と呼んだ。


彼がじっと顔を見つめてくる。



「キミは、、訥弁だな。」


「と、、とつべ、、ん?」


「思った事は口に出さないと

何も始まらないぞ。

恋には能弁が勝利する。

黙っててわかるだろ?はないんだ。

特に……

馨爾くんみたいに

鈍感な子にはね。

グズグズしてるとトンビに油揚

さらわれるぞ!」


倖箭はそう言って

可笑しそうに笑うと

グラスの中身を

一気に飲み干すのだった。



本日もお立ち寄り

ありがとうございます